第468話 スプラッシュマウンテン
◇スプラッシュマウンテン◇
「…!?アンデス隊長!なぜジェリスタ王子を馬車から出しているのです!」
「この場の安全が確実ではない以上、殿下には先行して頂く。幸いにも馬が通れるほどの道幅は確保しているようなのでな」
殿下と共に姿を見せたのは、豊穣祈願の行脚での近衛を率いる立場にあるアンデス隊長だ。確か出立式で挨拶したのを覚えている。第三王子は言ってしまえばお飾りであるため、実質的に今回の総指揮官となる人物だ。彼が考えたプランは、近衛の半数を率いて騎兵にてこの戦況を脱出し、残りの馬車は騎士団の護衛にて追うようにして合流するというもの。
ある意味では王族の護衛が任務である近衛らしい方針といえよう。共同任務であるため、近衛と騎士団は互いに協調してはいるものの、厳密な責任の範囲で動くのであれば、間違った行動でもない。
だが、彼がその選択をしたのはそんな建前にもとづいたものではなく、遅かれ早かれこの防衛線は崩壊すると踏んでいるのだ。
第三王子は守りきれている内に先に進み、後続は負傷者を出しながら追って来ればいいということなのだろう。今出立するのと、開通を待ってから出立するのも大した違いはないと思うのだが、こちらが大規模な魔法を構築したのが、彼らを焦らせる原因となってしまったのか…。
「ま、まて。アンデス。私はそのようなことを聞いていないぞ。ここの守りを薄くする必要がどこにある」
「御身のためです。確実を取るならば直ぐにでもここを離れるべきかと。なにより光魔法使いを多めに残してゆくので、ご懸念するような事態にはならないかと…」
第三王子も初耳だったのか、アンデス隊長に食って掛かる。しかし、アンデス隊長はその声に耳を傾けることは無く、自身の決定を変えることは無い。その返事が納得いかなかったのか、第三王子は歯軋りするかのように口を横に歪めた。
説得するための材料を探すためか、第三王子は周囲に眼を這わせるが、その視線は次第に罪悪感を覚えた子供が、周囲に許しをこうような眼差しに変わってしまう。しかし、魔法を行使する俺とメルルと視線が合ったかと思うと、彼は何かを思いついたかのように俺らの元に足を踏み出した。
「せめて…せめて活性の魔法を施させてくれ…」
「殿下。一刻も早く離れるべきと申し上げたはずですが?」
「この者達は騎士団でもなんでもない善意の協力者なのだぞ!騎士ならまだしも、そのような者達に戦わせて、どうして私がこの場を離れられる!」
恫喝するように叫び、第三王子はメルルの背後へと回る。そして失礼すると小さく呟くと、メルルの背中に手の平をあてた。彼の手の平には柔らかな、だが芯のあるような強い光が灯り、それがメルルの体にへと流れてゆく。
「…いいのでしょうか。光属性の魔法は秘匿していると聞き及んでいましたが…」
「構わん。所詮、この身を蝕む情けない腕前を隠すためだ。それでも出力だけは自信があるからな。今使わなくて何時使うというのだ」
第三王子が実行したことこそが、光魔法使いによる活性、及び擬似的な魔力の譲渡とも言われる行為だ。ひたむきにメルルに魔法を施す姿は、言葉よりも如実に彼の意思を表し、先を急ごうとするアンデス隊長を一時的にでも押しとどめた。
周囲一帯に蔓延っていた焦りにも似た緊張感が、第三王子の行動によって幾分かほぐれる。
…だがしかし、それは戦場に現れた幻想故に儚いものであった。
その崩壊の引き金は、俺らの足元から唐突に始まったのだ。
「…!?ダメです…!!直ぐにそこから離れてください…!!」
最初に異変を察知し、叫び声を上げたのはタルテだった。彼女はそう叫ぶと同時に、開通作業を取りやめ、俺らの足元に飛びつくように駆け寄ってきた。
そしてあっという間に事態は急転する。…思えば、異様な威力の矢を崖下に、つまりは俺らの足元に逸らしたのがいけなかったのだろう。そしてこの戦闘において最も軟弱な存在は、俺らや第三王子などではなく、足元の地盤であったのだ。
タルテが俺らの元に駆け寄ると同時に、ヌルリと地盤が沈下した。そしてそれは勢いを増し、土砂崩れとなって俺らを谷底へと引き込んでゆく。
「…
タルテが即座に崩れかけた地盤を固めるが、彼女が固めた地盤ごと落下し始める。固めた範囲を広げれば広げるほど、連鎖するように隣接する外周部が崩落してゆくのだ。
「ジェリスタ王子!!」
アデレードさんが叫ぶが、その言葉も言い切る前に遠いものとなってゆく。彼女は崩落に巻き込まれずに済んでいるものの、それ故にこちらとは距離が離れていった。
「みんな!タルテちゃんを中心に固まって!!」
「私がはぐれぬように纏めますわ!
崩落に飲み込まれたのは、悲しいかな近場に纏まっていた俺ら妖精の首飾りと第三王子、そしてモルガンだ。ナナがモルガンを強引に引きずるようにして飛び込んでくると、メルルが深々と自身の手を切り裂いた。溢れた血は足元を這うように放射状に広がったかと思えば、俺らを包み込むようにして檻のような形状に変形した。
そして第三王子とモルガンの声にならぬ悲鳴を聞きながら、崖を一気に滑落する。足元の土砂はタルテが固め、そこにメルルの血にて体が固定されている。無骨な見た目のジェットコースターは、そのまま谷底の濁る濁流へと着水した。
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