第467話 自慢の雨傘

◇自慢の雨傘◇


「しゃらくさいですわぁ!私の水がそんなもので抜けるとでも!!」


 天上から降り注ぐ光の矢。それに対応するべく、メルルは頭上に張った水の膜を渦巻くように回転させ始める。雨粒を避ける程度の薄い膜でしかなかったそれは、一気に膨れ上がって激流となり、波打つ水面が光の矢の姿を歪めるようにかき消した。


 そして直後に聞こえる爆砕音。メルルの水の膜に飛び込んだ光の矢が連続で爆ぜ、まるで大瀑布が俺らの頭上に顕現したかのように轟音を響かせる。複数の矢が打ち鳴らすその音は山々の間をしつこいほどに木霊し、耳に残るほどに聞こえていた雨音を何処か遠くに押しやった。


「…他愛無いですわね。ほら、皆様。手が止まっていましてよ。さっさと道を開通してくださいな」


 光の矢が止むと、静寂と共に雨音が戻ってくる。そして、その静寂を打ち破るようにメルルが呆けたように空を見ていた騎士や近衛に声を掛けた。我に返った彼らは、手を止めずに岩を退かしていたタルテにも促されるようにして作業に戻ってゆく。


「流石ですね。トリスタンの無駄ばかりの無駄無し矢フェイルノートは戦略魔法とも言うべき代物と聞いていますが、こうも容易く防ぐとは…」


「このぐらい何とも無いですわ。…さて、返礼致しましょうか」


 メルルに向かってアデレードさんが感嘆の声を漏らす。メルルはアデレードさんに応えながらも、人差し指を立ててクルクルと回してみせる。それと連動するように水でできた激流の雨傘は更に高速で回転し、それこそ子供が傘を回して水滴を呼ばすように、その端から水の槍を複数射出する。


 敵の光の矢に負けぬほどの範囲質量攻撃。最強の魔法使いとして例えられることもある雨の日の水魔法使いの攻撃が、敵の居るであろう一帯を無造作に攻め立てる。周囲の空間に水が満ちているこの状況ならば、わざわざ世界に仮初の物性を誤認させて水を生み出す必要も無く、ついでに言えば、偏在する水を通すことで遠方まで容易に水属性の魔力がいきわたる。


 土属性のような大質量で、風属性のように変幻自在。普段よりも明らかに規模の違う彼女の魔法は、戦況を変えるほどに苛烈であった。


「矢は下に逸らす!メルル!上から来るのは任せたぞ!」


「任せてくださいまし!この雨傘は矢の雨だって防ぎますわ!」


 先ほどまでは風壁の起こりを阻害するように、風を切り裂く矢が飛んできていたが、メルルの魔法により俺への攻撃が一時的に停止する。その隙を突いて俺は通常よりも厚く風壁を構築した。


「…二人とも大丈夫?この隙に体勢は整えられるけど…流石に持たないよね?」


 周囲一帯の頭上を覆う激流の雨傘と、既に風壁の魔法を逸脱したダウンバーストの風の壁を見て、ナナが心配そうに声を掛けてくる。


 瞬間的に大規模な魔法を使うよりも、規模は小さくても長時間維持するほうが難しく、基本的にそういった魔法は補助に触媒を用いることが多い。ナナが指摘したのは、この魔法を岩が退かされさらには馬車列が通過し終わるまで保持できるかということなのだろう。


「…そこを疲れると痛いですわね。馬車が通過するには…それこそ三十分は掛かるでしょうか…。流石に私でも枯れ果ててしまいますわ」


「それに向こうもこのままこっちの消耗を待つつもりならいいが、ジッとしてくれるほどお行儀がいいとは思えないな…」


 俺とメルルはそろって苦々しい顔で答える。少なくともしばしの膠着中に何かしらの打開策を講じる必要があるはずだ。


「いえ、その必要は無いかと。襲撃を感知して斥候に出ていた風魔法使いが戻ってきています。今代わらせますのでお待ちください」


 悩ましげな俺らにアデレードさんからの声が掛かる。後ろを振り向けば、岩でふさがれた道の先や崖の上からわらわらと人が戻ってきている。まさか遠方の谷向こうから狙撃されるとは予想できていなっただけで、防衛のために必要な人材は十分にいるらしい。まさしく、周囲に目を向けるために本陣の防衛が疎かになっていたのだ。


 確かに複数の人員が要れば長時間矢を防ぐ風壁を張り巡らせることは可能だろう。事実、先日の襲撃では彼らのお陰で負傷者が出なかったらしい。…だがそもそもの話、通常の風壁であれば俺だけでも事足りるのだ。


「一応言っておきますが、この強度じゃないと抜いてくる奴がいます。…人員は足りますか?」


 俺は丁度こちらに向かってきていた近衛の一人に声を掛けた。恐らくは纏う空気からいって彼も風魔法使いの一人なのだろう。


 彼は俺の言葉を聞いて訝しげな表情を浮かべたものの、俺の風に向けて自身の風を伸ばす。魔法を阻害しないように、俺の風に彼の風が優しく触れる。だが、そんな気遣いを無視するかのように、俺の風は彼の風を叩き落した。


 俺が維持している魔法の出力に慌てたように目を見開いた。アデレードさんは魔法使いではないようだが、経験から彼が俺の魔法を感じ取ったのだと類推したようで、彼に問うような視線を投げかける。


「ここまで強度を上げる必要があるのか…。アデレードさん。引っ切り無しに交代しても、正直言ってギリギリです。水魔法の彼女の分までカバーするとなると…」


「…アンデス隊長にそれを伝えて来てください。…不味いですね。お二方、まだ魔法の維持は大丈夫でしょうか」


「暫くは平気ですよ。それにいざとなればタルテに協力してもらいます」


 そう言いながら、俺はちらりと開通作業に勤しんでいるタルテに視線を向けた。俺らのために急いでいるのか、彼女はモリモリと道を開通させていっている。その速度を加味すれば、俺とメルルが息切れする前に彼女は戻ってきてくれるはずだ。


 そしてタルテが戻れば彼女の光魔法で俺らに活性を施すことができる。他人の体力ではなく、魔力を間接的に向上させるのは中々に消耗も激しいはずだが、タルテほどの魔力であればかなりの足しになるはずだろう。


 同じことを近衛の人間も考えたのか、治療師を示す胸章をつけた近衛もこちらに集まって来ている。


 だが、その推測は半分は正解であるが、もう半分は間違いであった。


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