第466話 雨の中の襲撃者

◇雨の中の襲撃者◇


「なっ!?おい貴様っ!血迷ったか!?」


 雨の音に紛れて響く風切り音。そして音だけではなく、俺の風の知覚には迫る脅威の正体も捉えることができている。意識するよりも早く、俺の身体は即座に抜刀する。度重なる型稽古のお陰で、身体は意識せずとも動いてくれるのだ。


 唐突に抜刀した俺の姿を見て、近くに居た近衛は俺に向けて怒鳴りかかるが、俺はそれを無視して、第三王子の近くにへと躍り出る。俺の豹変に第三王子の瞳は恐怖と驚愕に見開かれるが、俺は言葉を交わすことなく、彼の傍らで空を裂くように剣を振るった。


「なっ…!?」


 俺が打ち落とした矢の破片が宙を舞う。俺を恐れるように見詰めていた第三王子の視線は、その矢の破片へと注がれ、更に驚愕することとなる。彼からしてみれば、唐突に宙から矢が生成されたようにも見えたことだろう。だが何が起きたかは、いくら戦いの経験の無い彼でも把握したはずだ。


「敵襲!!方角は西!何者かからの矢による狙撃!!」


 ナナが即座に周囲に向けて声を掛ける。その声に火が付けられたようにして、近衛たちは即座に王子を守るように展開した。


「なん…だと…!?…まさかあそこから矢を放ったのか…!?」


 近衛の一人が驚愕したように西に向けて視線を這わす。だが、それを肯定するかのように彼の視線の先からは次々と矢が飛来し始めた。近衛が驚いたのも無理は無い。周囲に斥候を放って安全を確認したのだが、西の方角は確かに深くまで捜査してはいないだろう。


 なぜならば、西側にあるのは谷底の濁流まで続く崖で、その向こう岸にはこちらと同じように山の斜面が姿を見せているが、そこと此処までの距離は弓で狙えるような距離ではない。ましては今は雨が降っているのだ。矢勢が殺がれ、更には地に向けて叩かれる雨天では通常よりも飛距離が低下する。


「ジェリスタ王子!馬車の陰に入ってください!…モルガン。あなたもです…!」


「また…、また敵が来たのか!?だ、誰も死ぬんじゃないぞ!命令だからな!」


 腰を抜かしたようにうろたえている第三王子をアデレードさんが馬車の陰に避難するように促す。矢の量はそこまで多くなく近衛が的確に小盾にて弾いているが、それでも矢鱈と精度の良い弓は守りきるのを不安視するほどに警戒心が引き上げられることとなる。


 第三王子は怯えて情けなく膝を泥で濡らしながらも、馬車の陰に隠れて近衛を見守るように睨んでいる。モルガンは馬車の扉を開けると、多少手荒だがそこに第三王子を押し込んだ。唐突に始まった襲撃の混乱は馬車列を辿るように伝播し、俄かに周囲が騒がしくなる。


「くそっ…!狙いは王子だけじゃなくて俺もかよ…!?」


「ハルト。この前の人じゃない?ほら、ハルトが矢を打ち落とした人」


 散らすのではなく狙撃するような精密な矢は大多数が第三王子を狙っているが、何故だかしつこいほどに俺を狙ってくる矢も存在する。俺は飛来する矢を打ち落としながら、ぼやく様にそう呟いた。


「見えてるんだよ!嫌らしいマネしやがって!…ぜってぇこいつ性格悪いぞ!」


 最初の矢の陰に隠れるように放たれた黒く塗られた二の矢。放物線を描くように放たれた矢と直線的に迫る矢による偏差攻撃。矢羽に仕掛けがあるのか、俺の手元で右方向に小さく変化する嫌らしい軌道を描く矢。


「タルテ!あなたはさっさと岩を退かしなさい!この場にいてもジリ貧ですわ!」


「はい…!分かりました…!直ぐに開通させますよ…!」


「騎士たちも手伝え!急いでこの場を離れるぞ!」


 手法からいってこの前攻めて来た一団には間違いないのだろうが、あの時よりも一方的に攻撃されている。試しにこっちの弓兵も矢を射ているようだが、向こう岸に届く前に谷底にへと矢は消えてしまってゆく。もしかしたら、この前の襲撃はこちらの遠距離攻撃の飛距離を図るために行ったのだろうか…。


 躍起になったタルテと騎士達が次々と岩を退かしてゆく。手頃な大きさの岩があれば、タルテは退かすついでに牽制するように向こう岸へと岩を射出する。流石に直線的には届かないのか、放物線を描くように岩は飛翔してゆくが、それでも向こうの陣営が潜んでいるらしき場所に向けて彼女の岩は到達する。


 タルテの砲撃は先日に見せてはいなかったため、向こうからしたら想定外なのだろう。だからだろうか、決着をつけるのを逸ったのか向こうから光り輝く矢が射出された。


「なにか来るよ!気をつけて!」


「…光ってますけど…矢ですかね…!?」


 光る矢は他の矢とは違い、天上に向かって真っ直ぐと飛翔してゆく。そして雨雲を背景にして一層まばゆく輝いたかと思えば、その光の矢は蜃気楼のように分裂し始めた。


「あれは…トリスタンの無駄ばかりの無駄無し矢フェイルノート…?…製法も使用者も…国が滅ぶと同時に消え失せたと聞きましたが…」


 アデレードさんがその光景を見てそう呟いた。俺も分裂する矢の雨はいくつかの英雄譚で耳にしたことがある。初めてそれを目にしたが、確かにこれは英雄譚として謡われるほどの迫力がある。恐らくは魔法か魔術で作り出された一時の実態を持つ矢なのだろう。


 …光り輝いているのは増殖するために必要なだけであって、何かしらの付与がなされて威力が上がっているとは思いたくない。…たしか、英雄譚では一つ一つが必殺の威力があると謡われていた気がするが…。


 光る矢は次々とその姿を増やしていき、瞬く間に曇天の空を埋め尽くす。そして、上昇を続ける矢が頂点まで至ったかと思えば、まるでクラスター爆弾のように俺らに向けて一斉に降り注いだ。


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