第465話 岩という名のフラグ
◇岩という名のフラグ◇
「あぁ…。確かにこれは問題ですね。…周囲に敵は潜んでいないんですよね?」
撥水加工を施した外套を纏って、俺らはアデレードさんに案内されるまま、馬車列の先頭へと向かっていた。俺が顔に掛かる雨水を遮るように手を翳しながら前方に向けて目を細めてみれば、そこには進路を塞ぐように巨大な岩々が横たわっていたのだ。
右側の崖の頂上付近では、岩肌が抉れたように欠けており、そこに収まっていたであろう岩が山道へと投げ出されているのだと想像できた。…この雨により自然に崩落した可能性もあるが、結果的に俺らの足止めを果たしていることから、俺は人為的なものなのでは無いのかと疑ってアデレードさんに声を掛けた。
「崖の上はもちろん、崖の下も探りましたが人が潜んでいる形跡はありません。…むしろ、後方が心配ですね。今の私達は袋の鼠ですので…」
俺が心配していることは既に想定済みであったのか、アデレードさんは今のところ敵影は確認できないと答えてくれた。彼女の不安げな視線は崖の上や前方よりも、俺らがやってきた馬車列の後方に向けられている。通過地点であるため、既に斥候が安全を確認しているのだが、こうも長時間足止めされているとなると、何者かが追いすがってくることも想定できるだろう。
「あの…、あの岩をどかすのを手伝って欲しいって事でしょうか…?」
アデレードさんにはタルテの力が借りたいと言われてここまで案内された。確かにこの雨の中、人海戦術で岩を退けるには余りに時間が掛かってしまうことになるだろう。
「ええ。申し訳ありませんがお願いできないでしょうか…。近衛にも幾人か魔法使いがいるのですが、属性が風と光でして。土魔法を使えるタルテさんなら直ぐに落石を片付けられるのではないかと…」
火力の無い風魔法使いだが、王宮で剣を振るう可能性のある近衛には意外と風魔法使いが重宝される。逆に巻き込む可能性の高い火魔法は逆に忌避されるのだ。
「魔法…?あ…!土魔法で動かしたほうがいいですか…?」
「…タルテ。あなた、手っ取り早く腕力で退かすつもりでしたの?」
「本当ならばこんなことを頼むのは横紙破りも甚だしいのですが、どうにも嫌な予感がするのです…」
アデレードさん曰く、彼女が言い出さなければ俺らではなく騎士団が岩を除去するつもりであったらしい。しかし近衛はもちろん騎士団も工兵では無いため、このような土木作業に関する知識が少ないのだ。ある意味では他派閥の息が掛かった人間を排除するため、この行脚に参加する者達を絞ってしまった弊害といえよう。万全を期すのであれば、工兵なども念のために同行させるべきであったのだ。
それでも、無理をしてでも騎士達が岩を除去するべきなのだが、アデレードさんは何か胸騒ぎを覚えたために俺らに協力を願い出たそうだ。本来では兵士でない俺らに願い出るなど異例とも言ってよいのだが、俺がアデレードさんの立場だとしたら、同じ判断を下すだろう。
「騎士の姿が少ないですが…、土木作業に彼らを使わない分、斥候に回している訳ですか」
「そのとおりです。余りにこの落石は怪しい。…惜しむべきは雨のせいで細工の痕跡が有ったとしても消え失せていることでしょうか。…それこそ、この雨すらも作為的なものを感じるほどです」
「偶然にも思えますが…、確かに状況が揃っていますわね。タルテ。手伝いますから手早く済ませましょう」
俺らは兵士ではないが、かと言って護衛対象でもない。非常時ならば協力を仰ぐべき行脚の同行者だ。そして今の状況は要素だけで見れば十分に非常事態ともいえるだろう。俺らが手伝うことに周囲を見張っている近衛の方も納得したように振舞っている。彼らもこの状況で何もないと安易に考えるほど、気楽な性格ではないようだ。
メルルが上空に片手を翳せば、天から零れる雨が集い半球状の膜となって広がってゆく。単純な水を操り保持するだけの魔法だが、その範囲は見るものを釘付けにするほど大きい。頭上に巨大な雨傘が作られたことで、雨に濡れぬ空間が形成された。
「直ぐに退かすので…待っていてください…!」
今度はタルテが土魔法を行使して、路上に溢れた岩々を宙に上げては左側の谷底へと捨ててゆく。谷の下には雨のせいか濁流となった河がうねりをあげており、そこに岩が落下することで、派手な着水音を響かせる。
「…なんだ。雨が止んだかと思えば魔法のせいか。これはメルル嬢の魔法なのか?」
「…!?ジェリスタ王子!外に出てはなりません!モルガンも何故引き止めないのだ!」
タルテの魔法の行使を見守っていた俺らの背後から、第三王子の声が掛けられた。彼は頭上に張られた巨大な水の雨傘を見上げながら、モルガンを引き連れて俺らの方へと歩んでくる。…雨傘が先頭近くで止まっていた第三王子の馬車まで及んだため、雨が止んだと思ったのだろうか外に出てきてしまったのだ。
「…雨のせいで休憩もなしに馬車に閉じ込められているのだぞ。せっかくメルル嬢が魔法で雨を逸らしてくれているのだから、少しぐらい外に出てもいいじゃないか…」
「騎士に斥候で周囲の安全は確認していると聞いたのですが…、不味かったでしょうか?」
アデレードさんに怒鳴るように窘められた第三王子は不貞腐れたように言葉を漏らす。彼女の剣幕に自分の失態に気が付いたのか、モルガンは肩を軽く窄めている。…戦う人間でない第三王子は兵法だとか軍略の知識が無い。今置かれている状況を、ちょっとしたトラブルによる小休止と認識しているのだろう。
即座に第三王子を庇うように近場に集まっていた近衛が移動する。アデレードさんも、さっさと王子を馬車へと戻すべく彼のもとに小走りで駆け寄ってゆく。
…だが、彼の登場こそが合図となったのだろう。山間に響く雨の音に紛れ、何処かから、風を切る音が聞こえた。
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