第463話 山並み縫う道中

◇山並み縫う道中◇


「…保存食を買っていたときにも思ったのだが、騎士と同じものを食べているのだな。バルハルト殿とアスタルテ嬢は分かるが、メルル嬢とナナリア嬢は望めば上級仕官と同じものを配膳してもらえるだろうに…」


 バグサファ地方に向かう山道にある野営地で、俺らが食事を取っているとモルガンが顔を出してそう呟いた。領都ダーレで共に行動してからというもの、第三王子とモルガンとは少しばかり距離が近付いた。だからだろうか、こうやって行脚が再開されてからも、時折顔を見にやってくるのだ。


 …因みに第三王子には同じ馬車に乗らないかと誘われもしたが、それはメルルが丁寧に断った。ゼネルカーナ家は貴族に対する間諜を行う王家の影であるが故に、一人の王子に肩入れするわけには行かない。たとえ第三王子にその気が無いとしても、わざわざ同じ馬車に同乗すれば周囲は邪推する可能性がある。


 第三王子はその辺りも認識していなかったので、メルルが懇切丁寧に説明したのだ。彼女がそこまで気を使って説明をしたのも領都ダーレで距離が近付いたからなのだろう。


「モルガン様。狩人として活動しているのでこういった食事は慣れたものですわ。状況によっていは火も使えない場合もございますし…。それに騎士の方々が食べている物と見た目は同じですが、中身は結構違いますわよ。我等のシェフが色々と手を加えていますので」


「季節遅れの酢漬けの野菜のスープに、熟成ライ麦で作った酸味パン…。スープには燻製肉とハーブを加えてコクと風味を出し、パンは薄切りにしてアクセントとして砕いたナッツとオイルを塗って炙ってある。…こうやって鍋を火にかけた状態で頂くのも美味しく食べるコツだな」


「ハルト。今日のご飯も美味しいよ。私は特にこのナッツが好きかな。それに燻製肉も奮発した甲斐があっていい味してるね。それこそスープに入れるのがもったいないぐらい」


「はむ…!むぐ…ッ!はふ…ッ!」


 ご紹介に上がったシェフとして、本日の料理をモルガンに説明する。古くなった備蓄を処理するような料理はそのままでは余りに美味しくいただけないので、わざわざ俺が手を加えて味を変えてあるのだ。他の騎士の目があるため大々的にに加工する訳には行かないが、ちょっと金と手間を掛けるだけで十分に美味しくなる。


 俺の言葉を聞いて、モルガンは俺らの手元の皿を覗き込む。彼は貴族の子息であるため他の平騎士とは違うだろうが、それでも騎士として粗食を口にしているはずだ。だからこそ、それを美味しくした方法に興味が沸いたのだろう。


「…それで、モルガン様。何かご用件があるのでしょうか?生憎と見てのとおり夕餉を頂いてますので、ご丁寧な対応はできないのですが…」


「別に構わない。そもそも、こんなときに訪ねた此方の非礼を詫びるべきか。…殿下からの伝言だ。明日は危険な場所を通ることになるらしい。くれぐれも気をつけるようにとの事だ」


 メルルが訪ねてくる時を考えろと嫌味を込めて尋ねれば、モルガンは非礼を詫びながらも第三王子からの伝言を俺らに伝えてくれる。どうやら、第三王子は俺らを気に掛けてくれているようで、彼が入手した情報を俺らに流してくれたらしい。


「ああ、その情報ですか。私達もアデレード様に聞いておりますわ。峠を越える隘路でどうしても足が鈍ってしまうだとか」


「道が危険なだけじゃなく、襲撃の可能性もあるって話だよね」


「むふ…!むぐ…!はふ…ッ!」


「なんだ。既に知っていたのか。どうやら余計なお世話だったみたいだな」


「いえいえ。こちらも全てを把握しているわけではありませんので。教えてくれるのはあり難いですわ」


 俺らと同じように焚き火を囲むように腰を下ろしたモルガンに礼の言葉を伝える。俺は荷物から予備の木杯を取り出すと、そこに食後に飲む予定のお茶を注いで彼に渡した。初対面は気に食わない男であったが、こうして席を一緒にするならばお茶ぐらいは振舞うのも悪くは無い。モルガンは手で俺に礼を示すと、その木杯を受け取って口を湿らした。


「返礼…って訳じゃないが、ジェリスタ王子には雨に気をつけろって伝えてくれ。アデレードさんには話したが、空気が水気を含んでる。山の天気は読みづらいが、一雨来そうな雰囲気だぜ」


 お茶を口に含むモルガンに俺は手持ちの情報を口にする。湿気った空気は俺らの周囲を取り囲むように纏わり付きながら、天高く続いている。ここまでの道のりは天候に恵まれていたが、どうにもここらで天気が崩れる気配があるのだ。


「天気が悪くなるのか?…それならば不用意に進まないほうが…」


「確実に崩れるって訳じゃないからな。…それにここらは盆地で水捌けも悪い。むしろ足を止めるほうが危険が伴う。もし戦闘になればまともに戦える状況じゃないからな」


 明日向かう場所は峠だが、今いる場所は谷間の低地であるため、もし雨が降れば足場は相当悪くなるだろう。たとえ荒れることが分かっていても進まざるを得ないのが現況だ。…もっとも単に山道を通るだけならば雨が降っていたところで大した問題ではない。問題は難所を通る俺らを狙って敵が攻めてくる可能性があるということだ。


「そういえば隊列を変えると近衛が言っているのを耳にした。もしかしてその天気のせいなのだろうか?」


「天気じゃなくて地形のせいだと思うよ。隘路を通るとなるとどうしても列が縦に伸びるから、前方に騎士を多めに配置して、斥候も厚くするんじゃないかな?守る場所もはっきりしてるんだし」


「なるほど。…隘路であるのならば逆に敵の来る方向も絞れるということか」


 ナナとモルガンが軍事行動について話し込む。目前に迫る不安を払拭するためというよりは、単にこのような状況下での軍事行動に興味があるといった口ぶりだ。これで何事も無ければ杞憂というものなのだろうが、既に襲撃を受けているため妙な緊張感が野営地を包んでいる。


 だが、予想は大抵が悪い方向に振れるものである。俺の予想通り、翌朝は強かに天幕を雨が叩く音で始まった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る