第462話 いい汗かけば万事解決

◇いい汗かけば万事解決◇


「なぁッ…!?」


 剣を弾いた金属音に、否応が無く俺らの視線が集まる。モルガンの手から離れた模擬剣は宙を回転しながら傍らに向けて放物線を描いて飛んでいく。ナナの力強い剣筋が予想外であったからか、モルガンは呆けたように自分の剣を目で追ってしまう。


 だが、それは間違いであった。武器を手放してしまうことを反撃不能と捉え、勝負有りと看做す場合も有るが、少なくとも狩人の間では継戦可能と判断される。剣を肩の上に掲げ、切っ先を相手に向ける霞の構え。そこから身体に溜め込んだうねりを開放するように、ナナは鋭い突きを放つ。


「まずは一本だね?」


 視線をナナから逸らしてしまったことを咎めるように、ナナの剣先はモルガンの喉元に突きつけられた。僅かに皮膚に触れた剣先から、金属の冷たさを感じ取ったモルガンは、恐れるように一歩後退してみせた。


「こ、これはたまたま…!まだ俺は…」


「うんうん。そうだよね。まだ出し切ってないよね。ほら、剣を拾って。…本番で油断したら死んじゃうけど、練習なら死に放題だからね。今の内に死んどこうか」


 苦し紛れに言葉を漏らすモルガンをナナは笑顔で相手取る。そして剣を寝かせるようにして距離を開けると同時に、手放した剣を拾うように促した。モルガンはナナの対応に戸惑いながらも、今度はナナから視線を逸らさずに地に落ちた剣を拾い上げる。


「駄目だよ。今度は握りが硬くなってる。それじゃあ動きも硬くなっちゃうよ」


「何で…!?狩人にこんな力量がある…!?…甘く見るなよォ!」


 火がついたように荒ぶるモルガンがナナに向かって剣を振るうが、それをナナは容易く受け止め隙を指摘するように軽く反撃する。その様子は模擬戦というよりも指導稽古だ。モルガンとナナの間に隔絶した力の差があることは傍からでも十分に見て取れる。


「竜狩り…。あのネルカトル嬢が…。それは本当なのか?私と歳も変わらないだろうに…」


 二人の戦う様子を見ながら、第三王子は独り言のようにそう呟いた。その視線には少しばかりの憧れと、想像しなかった経歴への驚きが占めている。第三王子は剣術を嗜んでいるとは聞いていないが、二人が織り成す剣戟を食いつくように見入っている。アデレードさんも、ナナの戦う様子を見て、感心するように頷いて見せている。


「だからこそ名前が知られてんだよ。妖精の首飾りは波刃剣フランベルジュだけじゃなく、投擲戦斧フランキスカ冷血コールドブラッド双拳ダブルインパクト、所属する全員が二つ名持ちのチームだぞ。…聞いた話じゃ全員が魔法使いらしいが…」


 狩人のおっさんは第三王子に語りかけるように言葉を放つが、最終的には俺に向かって探るように視線を向けてみせる。その露骨な態度に、俺は冷ややかな目線で見詰め返した。


「…別に秘密にしてるわけじゃないから言うが、確かに全員魔法使いだぞ。だが、あんまり言いふらすのは勘弁してくれよ」


 引き抜き…というより、俺らは少数のチームなので全員を勧誘してくる奴は結構多い。俺の反応を見て、狩人のおっさんは誤魔化すようにはにかんで笑ってみせた。…狩人が酒の席で付けた二つ名をこうも他人に語られると、どうもむず痒くてしょうがない。


「…私にも二つ名が付いていたのですね。初めて聞きましたわ…」


「あれ…?私はメルルさんの二つ名を聞いたことありますよ…?魔物を細切れにしてるときに…みんな後ろで囁いていましたよ…?」


 メルルも自分の二つ名を聞いて恥ずかしそうにしてる。…メルルの場合は血の刃で自分も敵も血みどろになるような戦いぶりをみて囁かれているので、畏怖の念からか真っ向から言われることがない。タルテも本来は回復がメインなのだが、初撃で光属性の魔力を打ち込み次撃でそれを一斉に励起させる攻撃があまりにも衝撃的なので、二つ名はその姿が謡われている。


「近衛の代わりに護衛を任せたのは確かな実力があるからですよ。…ジェリスタ王子が知っている範囲では…、去年にあった湧水の森の水源汚染事件。あれを解決したのもこの方々です」


「なに…?たしかあれは騎士団が解決したと…。ああ、いや…そういうことになっているのだな…」


 サフェーラ嬢経由で俺らのことを知っているからか、アデレードさんが俺らのことを第三王子にこっそりと伝える。第三王子はそれを聞いて何かに気が付いたように納得してみせた。


 俺らが語る間にも、ナナとモルガンは模擬戦を続けている。既にモルガンは何本かナナに取られているが、その度に諦めることなく剣を構え直しては挑み掛かってゆく。


「うん。今の斬り返しは鋭くてよかったね。…強いて言えば、もっと踏み込むようにやれば防ぎきれ無かったよ。手の反応に足腰が付いてきていないみたいだね」


「くぅ…!上から目線で…ッ!…だが、足捌きか…。確かに父上にも同じところを指摘されていたな…」


「斬り返しみたいに連撃になったときに、個々の足運びが繋がってないんだよ。二の太刀要らずは理想だけど、それでも残心に繋がるように足捌きと重心を意識して」


「こ、こうすればいいんだろ…!」


 既に完全に剣術指導になっている。不遇不満を剣に込めて挑んでいたモルガンも、今では純粋な気持ちで剣を振るい、ナナも楽しそうに相手をする。真摯に剣に打ち込むその姿は、彼もまた剣に関しては純粋に向き合っている証左に他ならない。


 …ナナの言っていたとおり、何故かモルガンの気勢が削がれているのは納得いかないが、結果的に上手くいっているようだ。


「…アデレードさん。もう暫くしたら止めてください。あのままだとナナは体力が尽きるまで続けますよ」


 だが、普段からナナと訓練している俺は知っている。今はモルガンも躍起になって挑んでいるが、もう暫くすれば何時まで経っても模擬戦が終わらぬことに恐怖を覚えるだろう。流石に旅先で疲労による行動不能にはさせられないため、俺はアデレードさんにこっそりと仲裁を願い出た。


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