第461話 ちょっとした伝説

◇ちょっとした伝説◇


「ナナ、いいのか?…もう魔物の情報は貰ったから、無理して相手をしなくてもいいぞ?」


 俺はナナに声を掛ける。確かに貴族であるナナやメルルであればモルガンと諍いを起こしても大事にならなくて済む。だが、これが原因で確執のある関係になるのはあまりに馬鹿らしい。


「構わないよ。それにあの状態で帰っても火種は残っちゃうでしょ?変なとこで燃え上がっても困るし、ここで私が燃やし尽くしておくね」


 ナナは気負う様子は無く、むしろさっぱりとした笑みを俺に向ける。


「…いや、ボコボコにしたらボコボコにしたで恨まれると思うぞ。戦うものの全てが剣で語り合うわけじゃないんだ」


「そ、そうかな?汗をかけば気持ちに踏ん切りが付くんじゃない?」


 力を出し尽くして燃え尽きるほどに暴れればモルガンの気も済むと考えているのだろう。スポーツドラマのような思考回路だが、それがモルガンにも当てはまるとは思えない。…むしろモルガンは純粋な力比べではなく、第三王子に頼られたい、あるいは良く見られたいといった気概が透けて見えている。倒したところで逆恨みをするのが関の山だろう。


「ネルカトル嬢…!何をしてる…!君が相手になってくれるんだろう…!?」


 しかし、モルガンは既にやる気になっており、修練場のほうからこちらに向けて声を掛ける。もうここまで来たら剣を交えずには終われないのだろうか。…物見遊山をするつもりか、周囲にいた他の狩人も修練場に移動していっている。


「…はぁ。申し訳ありませんが、彼の相手をお願いできないでしょうか。彼を大人しくさせるいい理由になります」


 気疲れした社会人のような空気をまとってアデレードさんが溜息と共にそう呟いた。心なしか冷静沈着とした表情も崩れ、呆れたようにモルガンの向かった先に視線を向ける。そして俺の耳元で彼に対する内情を語ってくれた。


 アデレードさん曰く、彼は第三王子の後ろ盾であるサヴィオア侯爵家が押し込んできた人間で、厳密には役職などは無くご学友にしか過ぎないらしい。それ自体は将来の重臣を見越したよくある行為らしいが、彼が騎士であるが故に何かと警備を担当している近衛と摩擦が生じているらしい。


 今回の彼の行動は第三王子の警備に穴を開けるような行為だ。それを咎めることで彼の行動に釘を刺したいのだろう。


「なぁ、大丈夫なのか?い、今からでも私が止めようか?モルガンも私が言えば剣を収めるはずだ」


「ありがとうございます。ジェリスタ王子はお優しいのですね。…ですが、こうなってしまっては一度ぶつかるしかないでしょう…。…あまりこちらを低く見られるのも面倒ですからね」


 メルルが第三王子の相手をしながら修練場に向かう。メルルに宥められている第三王子は妙に浮き足立っていて、戦いの気配に怯えているようにも見える。…見えるではなく、実際に恐れているのかもしれない。病弱な彼は箱入り娘みたいなものだ。こういった荒事は巻き込まれるどころか見たことも無いのだろう。


 先日の襲撃で俺らの無事を気にしていたとの事だが、もしかしたら自分自身も恐ろしく思ったからこそ俺らの身を案じたのかもしれない。


「ナナさん…!気をつけてくださいね…!多少の怪我なら治しますので…!」


「ありがと、タルテちゃん。それじゃぁ、ちょっと行ってくるね」


 タルテに送り出されるようにしてナナは修練場の中へと足を進める。既にそこにはモルガンが待っており、近付いてくるナナのことを不機嫌そうな顔で睨んでいる。


「お、おいお前!確か…ハルトとか言ったか…!?なんで平然としているのだ…!?ネルカトル嬢が怪我をするかも知れないんだぞ…!?アデレードも何故止めない…!?」


「え…?ええと…、大丈夫ですよ。模擬戦なんて慣れたものですから」


「戦うことを見るのも修練になりますよ。丁度いい機会ですから観戦いたしましょう」


 いくら止めることを提案してもメルルがあらあら、うふふ…とスルーするものだから、第三王子はとうとう俺に止めるように声を掛けてきた。なんだかんだで周囲の人間はみんな戦うことへのハードルが低い。まさか第三王子が一番の平和主義者だとは思わなかった。


 第三王子の心配を他所に、ナナとモルガンは修練場の真ん中で向かい合って互いに剣を構える。俺らは邪魔にはならない距離に立ち止まって、観戦するように周囲を取り囲んだ。


「ネルカトル嬢は女性で…しかもモルガンより歳下だろ…!?いくら狩人の経験があっても騎士であるモルガン相手では無事では済まない…!」


 悪気は無いようだが、どうやら第三王子も狩人は騎士の下位互換だと思っているらしい。


「なんだ?そっちの坊ちゃんはあの嬢ちゃんのこと知らないのか?あの嬢ちゃんならあの男程度、問題ない筈だぜ」


 慌てふためく第三王子の様子を見て、先程の狩人が不思議そうな顔をして声を掛けてきた。彼はナナがギルド証を見せていたので、腕前についてはある程度分かっているのだろう。だが、第三王子がナナのことを心配しているので疑問に思ったようだ。


「は?お前だって初対面だろう。彼女の何を知っているのだ…!」


「坊ちゃん。ギルド証には結構な情報が書かれてるんだぜ。それに、北部で活動してりゃあの嬢ちゃんの噂ぐらい耳にするさ」


 どういうことだと第三王子は問うような顔で狩人を見つめる。どうやらこの狩人はナナの噂を聞いたことがあるらしい。ナナのギルド証を見て、それが噂の本人だと気が付いたのだろう。


「史上最年少かつ銅級にて竜狩りを成し遂げた波刃剣フランベルジュってあの嬢ちゃんのことだろ?北部じゃ中々の有名どころだぜ?」


 狩人の男は得意気な顔でそう語る。そしてほぼ同時にナナの剣が強かにモルガンの剣を打ちつけ、彼の剣が手を離れて宙を舞った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る