第460話 優しいタイプのテンプレ

◇優しいタイプのテンプレ◇


「そうか。危険な魔物なのだな。…そんな物がこの地では蔓延っているのか」


 メルルの解説を受けて、第三王子は蟻獅子ミルメコレオの危険性を認識したようだ。彼はここに来て漸くその張り出しが魔物紹介コーナーの記事ではなく、狩人に対する注意勧告だと気付いたらしい。蟻獅子ミルメコレオの生態だけでなく、この魔物が生活圏の直ぐ近くに存在するという感覚も新鮮なのだろう。第三王子だけでなく、王都に住むものはそこで生活が完結している上に近隣には危険な魔物も少ないため、魔物の恐怖に晒されることが少ないのだ。


 流石にこれを間近で見てみたいと我侭は言わないが、やはり興味を引かれるのか未練がましく注意勧告の記事を見つめている。…この様子ならこのまま資料室に案内すれば一日中魔物図鑑を眺めているかもしれない。


「殿下。気になるのならば私が騎士を率いて討伐してきましょうか?彼らも殿下が望んでいると言えば喜んで森に向かうことでしょう」


 …第三王子は好奇心を抑えたものの、傍らにいたモルガンがとんでもない提案をする。侍従である彼にそんな提案をされたものだから、第三王子は期待するように顔をモルガンに向けた。何故そんな無謀な提案をするのかと、メルルは額に手を当てて天上を見つめている。


「…どうしても蟻獅子ミルメコレオが見たいのでしたら、狩人ギルドに依頼を出すべきですわ。狩人は魔物を討伐する専門家ですのでそちらのほうが確実でしょう。なにより、狩人ギルドはそういった要望にも答えるために存在しておりますので…」


「騎士団が居るのに狩人なんかに頼る必要はないだろう。現に強力な魔物の場合は騎士団に討伐の依頼が来る。結局は狩人ギルドは騎士団の下請けのような組織なのだからな」


 メルルがどうにかモルガンが無茶をしないように依頼を出すように話を持っていくが、モルガンはそれに反論するかのようにして暴言を吐く。その言葉が耳に入ったのだろう。近場に居た狩人達の鋭い視線がモルガンに突き刺さるが、彼はまったくそれを感じていないようだ。


 …道中は妙に不機嫌な空気を纏っていたが、もしかして第三王子が騎士ではなく狩人である俺らを当てにしていたことに嫉妬していたのだろうか…。


「おいおい坊ちゃん。あまり蟻獅子ミルメコレオを甘く見ないほうがいいぞ。そいつは金属鎧すら簡単に顎で引き裂いちまう。真っ当に戦うんじゃなくて罠で仕留めないと危険でしょうがねぇ」


 傍らにいた狩人からモルガンに向かって声が掛けられる。フランクな言葉遣いだがモルガンを挑発するような気配はなく、どちらかといえば説得しようとしているように聞こえる。だが、平民に話しかけられたからか、モルガンは眉を顰めて彼を見返している。


「ナ…ナナさん…!メルルさん…!大丈夫でしょうか…!?」


「…あの人は他の狩人が喧嘩を売らないように率先して話しかけてくれたんだよ。ここの顔役の人かな…」


「…有り難いですが…どう収拾をつければよいのでしょうか…。まったく、護衛中に何をしているのかしら…」


 諍いが始まりそうな状況にタルテが心配そうにナナとメルルに声を掛けるが、二人は冷静に状況を観察している。ナナの言うとおり話しかけてきた狩人は場を納めるためにモルガンに声を掛けたのだろう。もしかしたら、蟻獅子ミルメコレオを甘く見ている認識を正したい目論見もあるかもしれない。


「なんだお前は。挨拶もなしに話しかけてくるとは無礼な奴だな…」


「へぇ、すいませんねぇ。何分、礼儀なんてものは親父の玉袋に置いてきちまいましてね。…だけど危険な行為を止める良心はしっかりと持ってきてますんで声掛けさせてもらいました」


 モルガンに指摘されて一応は言葉遣いを直すが、軽薄そうな態度は変わらない。それでも相手が筋肉モリモリのマッチョマンの狩人だからかモルガンは強く言い返さないで睨むだけに留めている。


 流石にこの状況を放置できないと、カウンターにいた俺とアデレードさんも第三王子の元に向かう。モルガンも大事にするつもりは無かったからか、人の目が集まっている状況に居心地が悪そうにしている。


「…ジェリスタ王子。こちらに。念のために私の後ろに下がっていてください」


 アデレードさんは仲裁に入ることよりも第三王子の身の安全を図るように行動する。仕方無しに俺が矢面に立つように彼らの近くに移動した。


「モルガン。何を争っている。…そもそも私は騎士達にそんな仕事をさせるつもりは無いぞ」


 庇われる形となった第三王子がアデレードさんの肩越しにモルガンに言葉を投げかける。しかし、その言葉を力量を軽んじられていると捉えたのか、モルガンは悔しそうな顔を浮かべ狩人を睨んだ。睨まれた狩人はその脚気をどう納めようかと悩ましげな表情をしている。見かけに反して心の広い御仁なのだろうか。


 迂闊な言葉を掛けると爆発しそうなモルガンの様子に、話し掛けてきた狩人もギルド員も動けずにいる。俺もどう仲裁するべきか頭を抱えたくなってしまう。


「な、ならば腕前を見せよう!止めるくらいのだから、そっちも腕前には自信があるのだろッ!」


「おいおい勘弁してくれよ。こっちは別に貴族様と争うつもりは無いんだ」


 引っ込みが付かなくなったモルガンの気持ちは、狩人と模擬戦をするという提案を彼の口から引き出すに至った。しかし、相手の狩人は両手の平をモルガンに向けて、面倒臭そうな表情でそれを断る。上手く負けてもモルガンを更に調子付かせてしまうし、かと言って勝てば貴族に恨まれてしまう。彼からすれば模擬戦だとしても勝負事に持ち込みたくないのだろう。


「…私が相手になります。狩人の私に負ければ納得して貰えますよね」


 仕方無しに俺が間に立とうとしたところ、それを制すようにナナが声を上げた。彼女は溜息をつきながら、モルガンに修練場の方向を指し示した。


「お、おい嬢ちゃん。俺が下手に声を掛けちまったからだろ?その…何とか断るから庇ってもらわなくても…」


「いえ、庇ってもらったのは私達ですよね。あのままでは乱闘になるかもしれませんでしたので…。それに、彼と同じ台詞になってしまいますが腕前には自信がありますので」


 女性であるナナが相手になると声を上げたからか、狩人は焦ってナナを止めるように声を掛ける。しかし、ナナは問題ないと言いながら胸からギルド証を取り出して狩人に示してみせた。そのギルド証を見た狩人は目を見張るようにして驚いた後、納得するように頷いてみせた。


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