第458話 第三王子とお買い物

◇第三王子とお買い物◇


「ふむ。王都と比べると随分と建物が密集しているな。…人も多くて窮屈じゃないのか?」


 領都であるダーレは中々に大きな町で、住んでいる人口も多い。その町の様子を見ながら第三王子は興味深げに視線を忙しなく行き来させている。ダーレの町は山脈の裾野に広がる町だからか、小さな坂が多く構造も入り組んでいる。だからこそ斜面に建物が並ぶこととなり、目に飛び込んでくる建物の数は平地の町よりも多い。第三王子が窮屈に感じたのも、そういった印象に要因もあるのだろう。


「王都でも余裕のある造りは貴族街だけで、商業街や住居区画ともなれば似たようなものですわ。人の数も王都のほうが圧倒的に多いですから、ダーレのほうが広々としています」


「…なるほど。王都でもまだ見ていないところは沢山あるからな。だが、なぜだか王都でこのようにうろつくのは許されないのだ」


 第三王子の左右にはナナとメルルが並び、その後ろを俺とタルテ、そしてモルガンが並んで付いていく。離れた所にはアデレードさんと他の近衛が待機しているのを風で感じ取ることができる。第三王子に知らされていないだけで、結局は護衛が付いているのだ。


 …初対面の挨拶のせいで第三王子に思う所があるであろうナナは後ろに控えていてもらおうと思ったのだが、ナナは気にしていないからと第三王子と横に並ぶことを選んだ。それは要人警護の立ち回りが騎士剣術を納めたナナが一番秀でているという理由があるからだからなのだが、実際にナナは第三王子のことをさほど悪くは思っていないようだ。…もちろん、だからといって好意があるわけではないのだが…。


「…恐らく、治安に不安が有るからじゃないでしょうか?人が多い分、悪巧みをする人も沢山居ます」


「王家のお膝元だぞ?その王都の治安に難が有るのか…!?」


 ナナが王都での町遊びが許されない理由を語れば、第三王子は少しばかり声を荒げてみせる。ナナの言い分に不快感を示したのではなく、単純に治安に難があることを知って驚いているのだろう。


「ジェリスタ王子。人口密度が上がればその分、犯罪の量も増します。人口比でみれば、むしろ王都の治安は良いほうです。ですが、御身の尊さを考えれば僅かな犯罪でも無視できないのですわ」


 メルルの言葉を聞いて第三王子は渋い顔を浮かべる。彼としては王都も気ままに散策したいのだろうが、それが許されない状況が窮屈で仕方が無いのだろう。…だが、一番窮屈なのは俺だ。モルガンは俺を完全に無視しているし、かと言って妙な圧力を彼から感じるので無視してタルテと話し込むのも気が引ける。タルテは俺の袖を掴んで気ままに町を眺めているが、俺もその神経の図太さが欲しい。


 ナナとメルルによる第三王子の接待プレイ。何とか話を続けている彼女らも大変だろうが、完全に御通夜状態の俺らも針の筵だ。


「ままならないな。…その点、そなたらは随分と慣れているようだな。このような店は普通の令嬢ならば利用しないのだろう?」


「私達は狩人としても活動していますから。それこそ、ここらのように魔物の多い地域では狩人を兼業する貴族の方も多いそうですよ」


 ちょうど目的の店に辿り着いたからか、第三王子は店に並ぶ商品を見ながらナナとメルルに尋ねかける。俺らの面子は女性が多いからか、第三王子は宝飾品店や服飾店にでも向かうと思っていたらしいが、実際に向かったのは食料品店だ。


 まさかそんな所に向かうと思っていなかった第三王子には、俺らが狩人として活動していることを話す事となった。ついでにあまり騎士団の食料が美味しくないことも話せば、第三王子は自分の料理は恵まれているためか、少しばかり申し訳なさろうな表情を浮かべたのだ。


「…これは何だ?随分と質素な見た目だが…。これは本当に食べ物なのか?」


「それは干し塩鱈バカリャウですね。…こちらのテリーヌで有れば、ジェリスタ王子も馴染みがあるのでは?」


 見たことの無い保存食の数々を目にして、第三王子は興味を引かれたのか食い入るように見ている。この店は旅をする商人や傭兵を相手にした保存食専門店のようなものだ。あまり保存食を食べる機会の無い彼には新鮮に写るのだろう。第三王子の対応はナナとメルルに任せて俺は傍らのタルテに話しかけた。


「タルテ。いつものように吟味してくれ。…個人的には肉が食いたいな」


「はい…!任せてください…!」


 タルテは鼻をひくつかせて保存食を端から確認していく。俺らの中で最も食べ物を見る目が肥えているのがタルテだ。基本的に美味い店を見つけるのも、こういった食料を判断するのも彼女に任せている。


「これと…この干し肉はよくできてますね…!こっちは良いスパイスを使っていますが…お肉の質があまりよくありません…」


「ありゃま!?凄いねお嬢ちゃん!それはどれもジニー婆さんが作った物だよ。この街じゃ一番の腕前さ」


 タルテの目利きに店員のお爺さんが驚いてみせる。ジニー婆さんが誰かは知らないが、どうやらタルテが選定したのはどれも上等と言える物らしい。ナナもメルルも食べたい保存食を伝えれば、タルテは質のいいものを次々と選んでゆく。


「何が違うのだ…?私には同じように見えるのだが…。モルガン。お前なら分かるか?」


「いえ…、自分にも同じ肉にしか…。値段から判断しているのでは…?」


 気が付けば第三王子もタルテが商品を選んでいるのを興味深げに見つめている。彼はタルテが省いた物と選んだ物を手にとって比べてみるが、結局は違いが分からなかったようで首を傾げている。


 …その様子は無邪気な子供のようで、好奇心の向くままに動く姿は見た目以上に幼く見える。第三王子はこのような機会に恵まれなかったと言っていたアデレードさんの言葉が思い起こされた。


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