第457話 買い物のお誘い

◇買い物のお誘い◇


「ハルト。そろそろ油が尽きそうだよ。町に着いたら買い足そうか」


 無事に二回目の儀式が終わり、次の町へと移動する最中にナナがそう呟いた。俺も誘われるようにして彼女が確認していた荷物の中を確認するが、確かにランタン用の油の残量が心許ない。…普段はタルテの魔法を当てにしていたため、使用量を見誤ったか。今回は他人の目も多いため、目立つ光魔法ではなくランタンを活用しているのだ。


 せっかくだからと他に買い足していたほうが良い物が無いかと、狭い馬車の中ではあるが背嚢の中の消耗品を広げてゆく。…保存食に防具や武器用の手入れ油、衣類の応急処置用の糸…。保存食もまだ余裕があるが、買い足したほうが良いだろう。騎士団が提供する食料は粗食に慣れる為なのだろうが、はっきり言ってあまり美味しくないのだ。


「買い足すのは良いとして、次の町はそこそこ大きいのか?」


「バグサファ地方は山に囲まれた盆地ですから、外と繋がっている街道は限られます。この位置からでしたら、隣領の領都であるダーレに寄るはずですわ」


 例の内通者の可能性を警戒しているからか俺らには行き先が秘められているが、メルルは次の目的地に心当たりがあるようだ。彼女曰く、現在位置からしてバグサファ地方に隣接しているダーレの町が彼の地への玄関口の一つなのだとか。もちろん寄らずに進む道も存在するのだが、最新の情報を仕入れるため、何より俺らがそうである様にバグサファ地方に入る前の物資をそこで整えるはずとのことだ。


「でしたら…、お買い物する時間も十分にありそうですね…!」


「ついでに私たちも狩人ギルドで情報を仕入れておこうか。何も襲ってくるのは人だけじゃないんだし」


 ナナが魔物の情報を仕入れることを提案する。確かに王都から離れるにしたがって、段々と魔物の襲撃は増えてきている。大抵は足を止めることなく騎士達が追い払ってしまうが、山間部であるバグサファ地方ともなれば強力な魔物が街道まで足を伸ばすことも考えられる。俺らがそれに対処する義務は無いが、情報はあって困らないだろう。


 買出しに情報の収集。俺らは馬車に揺られながら今後の予定を詰めてゆく。女性陣に至っては、甘味どころにも寄ろうと休日の計画を立てるかの如く楽しげに話し合っている。騎士に囲まれて窮屈な思いをしているのだ。買出しとはいえ、気晴らしにそういった所にも寄って羽を伸ばすのも必要なことなのだろう。俺の荷物持ちが確定してしまうが、それぐらいは大した問題ではない。



「悪いが街に出かけることは認められない。物資ならば騎士団のほうで揃えているだろう」


 メルルの予想通り、馬車はダーレの街に辿り着いたのだが、予想外であったのは俺らを引き止めた騎士の言葉だ。一言声を掛けてから宿泊地を離れようとしたのだが、声を掛けた騎士は俺らが外に向かうことを許さず、進路を塞ぐように目の前に立って見せたのだ。


 彼の言うように騎士団は物資を提供してくれるが、食事は美味しくないしランタン用の油も魚の臭いが強いのだ。だからこそ自腹を切ってでも良い物を揃えるために買出しに向かおうとしたのが、それを禁止されるとは考えていなかった。


「…これって、内通を疑われてるってことかな」


「…俺らが疑われてるんじゃなくて、一律に禁止してるんだろ。…それにしてはお偉いさんは相変わらず豪勢なところに泊まってるようだがな」


 ナナが小声で俺に語りかける。予想はしていなかったが、騎士の反応も納得できてしまう。もし内通者が一団の中にいるのであれば、ここで外部の者と連絡を取るのは有り得なくは無い話だ。それを阻止するために、宿泊地を離れることを禁止しているのだろう。よくよく観察してみれば、宿泊地を警備している騎士の視線は、外部だけでなく内部にも向けられている。


「個人的な消耗品を買い足しに行きたいのですけれども、それでも駄目なのでしょうかしら」


「それはどうしても必要なものなのか?…言っておくがこれは軍事行動の一環でもある。学生気分は捨て去って欲しい」


 騎士はメルルの言葉を聞いても態度を変えることは無い。俺らが内通者であるとは疑っていないようだが、どうやら街に遊びに行くのではないかと疑っているようだ。実際に気晴らしも兼ねていたため、ある意味間違いではない。


 持病の薬を買いに行くだとか嘘を付けば許されそうだが、その場合でも見張りの騎士が付けられそうな勢いだ。流石にそこまでして買い出しに行くのも気が引ける。どうしようかと、俺はそれぞれ目線を交わす。彼女達も無理してまで買い出しに行くべきではないとあきらめた様に肩を竦めてみせた。


 だが、そんな俺らに唐突に声が掛けられた。彼は領主の館に向かっているはずなのだが、何故ここに居るのかとささやかな驚きを感じてしまう。


「外に向かうのか?丁度良い。私の供をするといい」


 俺らに声を掛けてきたのは第三王子だ。彼の背後ではモルガンだけでなくアデレードさんも付き添っており、彼女の表情は最近よく見るようになってしまった申し訳無さそうな表情だ。一体どういうことなのだと、俺らは第三王子ではなくアデレードさんに視線で訴える。


「申し訳ありません。ジェリスタ王子が街を見回るのに大仰な護衛を嫌がりまして…、それならばあなた方を護衛代わりに引き連れると…」


 アデレードさんは俺らに歩み寄ると、小さくそう呟いた。


「俺達をですか?なんでまた…?」


「…騎士達が話したのですよ。ジェリスタ王子は同年代であるあなた方の身を案じておりまして…、先日の襲撃で問題は無かったのか尋ねたところ、騎士がその時の活躍を語ってみせたのです」


 窮屈な騎士の護衛の代わりに戦えると評価された俺らを引き連れるということか。…メルルが心底嫌そうな顔を浮かべ、何とかして断れないかと頭を悩ましている。が、その表情を見たアデレードさんが王子に聞かれないように俺らに耳打ちをする。


「…その、申し訳ないのですがご一緒していただけないでしょうか?ジェリスタ王子は街を歩く機会など殆ど無く、ご友人と過ごす時間に憧れがあるのです…」


 …そういえば、病弱で王宮から出ることがなかったと言っていたか…。この行脚では健康そうに出歩いていたから忘れていた。


「…いいんじゃないかな。折角の機会だし、ジェリスタ王子と出かけようよ」


 アデレードさんの話を聞いて同情してしまったのだろう。彼に暴言を吐かれたはずのナナが一緒に出向くことを了承した。彼女の表情を見て、メルルも断ることを諦めたのか軽く溜息を吐いた。


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