第456話 次の儀式の地

◇次の儀式の地◇


「随分と厳重ですわね…。…それでも付け込む隙はありそうですが。地図があって助かりましたわね」


 山間部に程近いなだらかな傾斜に広がる畑を見渡して、メルルがそう小さく呟いた。彼女の言うとおり、畑の各所では騎士団が目を光らし、誰も侵入させぬように警戒網を敷いている。そして最も警備が厳しいのは第三王子を中心とした一画だ。そこでは着々と儀式の準備が進んでおり、関係者である俺らであっても不用意に近付けば追い出されそうな雰囲気だ。


 結局、あの襲撃から次の儀式の地であるここに至るまで旅路は順調に進んでいた。もちろん近衛たちは騎士団と、更に言えば現地の領主などにも協力を仰いで下手人を捜査したのだが、結局は分からずじまいだ。


 そのような調査はアデレードさんが担当らしく、忙しく動き回っている彼女から情報を貰うことは未だにできていない。だが、何か進展があれば教えてくれるように言っていたため、恐らくは具体的なことが分かっていないのだろう。


 …気にはなるが、結局俺らは自分の任務に注力するしかない。さも畑の調査をしているという体で、俺らは畑の隅に存在する木立へと足を進める。事前に地図で確認をしていたが、ここならば比較的他からの視線を遮ることができるだろう。


「ここなら、大丈夫そうだね。…一応私は反対側で見張ってるから、ハルトは声を繋いでいてくれる?」


 そう言ってナナは木立の反対側へと足を進める。小さな木立であるので叫べば声が届く距離なのだが、念のために声送りの魔法を展開する。


「それじゃぁ、タルテ。行きますわよ。準備はよろしくて?」


「はい…!問題ありません…!」


 ナナがこの場を離れるのに合わせて、メルルはこっそりとタルテを茂みの中に誘導する。決して疚しい行為をするためでなく、この畑に豊穣の力を施すためだ。今回の儀式の地は、前回の荘園と違ってちょっとした木立が各部に残っている。


 木立の周囲は警備する騎士達の目には晒されるが、ここであればお花を摘みに行っていると勘違いしてくれることだろう。この農村地帯は荘園と違って便所が配備されていないのだ。


 俺の目の前で木立の闇が濃くなる。注視していなければ分からぬほどの些細なものだが、木立の中心部ともなれば完全に闇に飲まれているだろう。…闇を濃くしたのはメルルの闇魔法によるものだ。そこまで大きくない木立でタルテが魔法を施せば確実に外部に光が漏れるため、メルルの魔法でそうと分からぬように闇魔法で覆い隠したのだ。


『始まったみたいだね。…こっち側は問題ないよ。誰も気が付いてないみたい』


『こっちも平気そうだな。視線の通るとこに騎士がいるが…用足しをしてると思ってるんだろ』


『ハルト様。デリカシーの無いことを言わないで下さいまし。…タルテ。さっさと魔法を施しなさい』


『わ…分かりました…!直ぐ済ませますので…!』


 声送りの魔法で連絡を取り合い問題の無いことを伝えれば、タルテが直ぐに豊穣の力を行使し始める。メルルの魔法のお陰か、近場にいる俺であっても魔法の発動を微かに感じる程度だ。離れた箇所で歩哨をしている騎士は何も感じることはないだろう。


 次の瞬間、地面が揺れる。内心では冷や汗が流れたが、遠くにいる騎士の素振りには変化が無い。地面の振動においては無策であったが、どうやら問題なく済みそうだ。


「お待たせしましたわ。…直ぐにこの場を離れましょう」


「お疲れ。そう焦らなくても怪しんでる騎士は居なそうだぞ。…二人とも大丈夫か?」


「はい…!全然平気です…!」


 木立の中の暗がりから浮かび上がるようにメルルとタルテが戻ってくる。タルテの地震が合図になったのか、声を送らずともナナもこちらへと姿を現した。俺らはそのまま連れ立って木立を離れるように足を進める。


 殺気立ってる儀式予定地を避けて、馬車の停留所近くに移動する。俺らがその姿を見せれば資材を乗せた馬車で作業するペクトゥナさんが軽く手を振って出迎えてくれる。


 出迎えてくれたのはペクトゥナさんだけではない。忙しそうにしていたアデレードさんも俺らの姿を見つければ、早足でこちらに詰め寄ってきた。


「申し訳ありません、今から向かいましょうか。皆さん準備のほうは…?」


「あぁ、アデレード様。もう済ませましたわ。丁度いい目隠しがありましたので…先程、施してまいりました」


 前回のように外に連れ出そうとしてくれたのか、アデレードさんは小声で声を掛けてくれた。だが、メルルも潜めた声でアデレードさんに言葉を返す。その言葉を聞いて、アデレードさんは安心したように軽く溜息を吐いた。


「ああ、助かりました。…実は内側に向ける視線も厳しくなっているので、あまり不用意な動きができないのですよ」


「…それは裏切り者が居るということでしょうか?」


 アデレードさんの放った言葉を聞いて、メルルは直ぐに裏切り者が居ると思い当たったようで、不穏な言葉を彼女に返す。アデレードさんは語ることを渋るように逡巡したが、結局は俺らに向けて口を開いた。


「前回の襲撃は計画的なものでしたが…、あの街道を通ることも日時も秘匿されています。皆様だって具体的な旅程は知らされていないでしょう?」


「向かう方向は知られているのですから…そこから当たりをつけたのでは?」


「主要街道なら未だしも、襲撃があったのはこの畑に向かうための枝になる街道です。…それに、あの地を検分したところ、野営の跡がありませんでした。つまり、長期間にわたって待ち伏せをした訳ではないということです」


 調査結果を語るアデレードさんは随分と悩ましげな顔をしている。あまりにこちらの行動に合わせた動きに、内部に裏切り者が居ると踏んでいるのだろう。この行脚参加者に内通しているものが居るのならば、長期的な日程を知らずとも現在の状況を知らせることで襲撃者に準備の時間を作ることも可能だ。


 もちろん、それ以外にも目的地の領主や王府の役人など日程を知っている人間が裏切っている可能性もあるが、一つの可能性として内通者が同行していることを疑っているのだろう。


「ですから、あなた方も怪しい行動は控えるようにしてください。いきなり拘束されることは無いでしょうが、自由を制限される可能性は大いにありますので…」


 申し訳無さそうな表情でアデレードさんは俺らに忠告をする。彼女としては俺らの任務を知っているため、手間を取らせることが申し訳ないのだろう。随分と窮屈な依頼になってしまったと、俺らは苦笑いをアデレードさんに返した。


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