第455話 僅かな手掛かりを託して

◇僅かな手掛かりを託して◇


「聞きましたよ。皆様もご活躍だったそうで…。…あまり無茶はしないで下さいね。あなた方も守られるべき人達なのですから」


 襲撃を受けた体勢を立て直し、再び馬車が走り出して街道に沿って揺れていると、アデレードさんが走行中の馬車に飛び乗って中に入り込んできた。彼女は俺らの無事を確認するように見渡すと、空いたスペースにゆっくりと腰を下ろした。


 …結局、襲撃者達は一斉に手を引き、こちらもそれを追撃することは無かった。奴らが逃げ込んだ森の中に追っ手を放つには、余りにも分が悪いと判断したのだろう。だからこそこの一団は次の目的地への道を急ぎ、殺気立った騎士達は馬車を入念に警備している。


「下手人は捕らえたのでしょうか?安全のためにも情報を頂きたいのですが…」


「残念ながら全て逃げられてしまいました。向こうは攻めることよりも危険を冒さないことを徹底していましたので」


 聞けば、馬車列の前方であった戦いも、こちらの戦闘と同じように剣を交えることなく終始遠距離戦闘となったらしい。そして何とか向こうの矢の雨を凌ぎ、こちらの剣が向こうに届きそうになった途端、あっさりと奴らは撤退していったそうだ。


 こちらの戦闘も、メルルの魔法が何人かを戦闘不能に追い込んだが、結局は全て救出され森の中に消えていった。その場に残ったのは大量の矢の残骸だけという訳だ。


「彼らの目的は王子か豊穣の角鍬コルヌコピアなのでしょうか?私達のほうも襲われた理由が今一見つからないのですが…」


 ナナがアデレードさんに質問をする。彼女の言うとおり、なし崩し的に戦端が開かれたが、向こうの目的は未だに判明していない。捕らえて尋問ができればよかったのだが、向こうはそれを防ぐためか簡単に引いてみせたのだ。


「あそこで襲われたのは威力偵察でしょう。私達を突く事で、防衛のための動きを調査し…、どのような人材がいるかも把握せしめてみせた」


 そう言いながらアデレードさんは俺らの姿に目を這わす。暗に俺らの力量が向こうに知られてしまったと忠告しているのだろう。つまり、向こうは俺らと戦うこと事態が目的だったということだろうか…。少しばかり居心地が悪くなって、俺らは示し合わせたかのように佇まいを正してみせた。


「…ですが、結局はどのような勢力かは分からず仕舞いという事ですか…。あそこまで手練れの弓兵を揃えていたのなら、そこから辿れる可能性はありますでしょうか?」


「凄い人達でした…。あの腕前なら…有名な人ですよね…?」


 自慢の魔球を打ち取られたからか、タルテの弓兵に対する評価が高い。実際に一般的な弓兵と言い切れない腕前であったため、名の知れた者達である可能性もあるだろう。だが、それを聞いてもアデレードさんの表情は渋い。どうやらすぐさま思い当たる人員には心当たりが無いようだ。


「…ねぇ。ハルト…」


 頭を悩ましているアデレードさんを見て、ナナが俺の袖口を引っ張る。彼女に視線を投げかけてみれば、ナナは傍らに置かれた小袋を差し出してきた。…その小袋に入っているのは、弓兵が最後に俺に向けて射ってきた矢だ。


 決してちょろまかしたのではなく、俺らが証拠品の回収を手伝ったに過ぎない。馬車列は出立することを優先していたため、全ての矢を拾ってはいなかったのだ。そしてなにより、最後に射られた矢は他の矢と形状が異なっていたのだ。


「…これは…奴らが放った矢の残骸ですか?…宿木の枝の軸に風斬り鷲の矢羽、鏃は黒曜石オブシディアン…。何か…軸に文様が刻まれていますね」


「この矢は魔法を込められて射られたものですわ。放ったのはたった一本だけでしたので、彼らとしても特別な一本なのでしょう」


「ただの宿木じゃないですよ…!軸に加工されても…生命力を失っていません…!」


 俺が小袋から矢の残骸を取り出してみれば、アデレードさんが手にとって眺める。四分割にされたため効果は失活しているが、それには魔法的な処置が施されている。俺の矢避けの魔法をレジストしたのも、その効果によるものだろう。


 …どの素材も風属性との相性がいい。これだけではレジストする程の出力を得られないはずなので、恐らくは矢を媒介として奴は風魔法を込めたのだ。イブキが似たようなことをしているので、恐らくは間違いないだろう。


「この軸の文様が手掛かりになればよいのですが…。少なくても我が国の魔術形態とは異なっていますね。ガナム帝国とも異なっていますし…」


「私たちも見たことが無い文様なのです…。多分…かなり古い文字なんじゃないかと…」


「…バグサファ地方のものでしょうか。あそこは未だに土着の文化形態が息づいていると聞いていますが…」


 アデレードさんが観察するのに合わせて、俺らは調べた所感を彼女に伝える。といっても、俺らは残骸を調査したもののあまり情報を得ることができないでいたのだ。…効果は類推することができたのだが、これを拵えた者の所属は分からずじまいだ。


「申し訳ありません。私も見ただけで判別できるほど明るくは無くて…。近衛の中に詳しいものが居ますので、そちらに尋ねてみましょう。…これは頂いてもよろしいですか?」


「構いませんよ。俺らは調べ終わった後ですので」


 別に俺らはこれを懐に入れるつもりは無かった。今は移動中であるため次の停留地で近衛か騎士団の人間には渡すつもりでいたのだ。彼らならば俺らとは別の視点で矢を調べることができるだろう。アデレードさんは最後にひとしきり残骸を眺めると、数少ない手掛かりであるそれを丁寧に小袋に戻した。


「…この先は、どこで彼らが再び襲ってくるかは分かりません。もちろん、近衛も騎士団も万全を期しますが、皆様方もご注意くださいね。…特に魔法を使ったとの事ですので、向こうはあなた方にも人員を宛がうはずです」


 最後にアデレードさんは俺らそれぞれに視線を合わせると、忠告するようにそう呟きながら馬車の扉を開ける。そして指笛を吹いてみせれば、近くを併走していた彼女の馬が身を寄せてくる。


 アデレードさんはそのまま馬に飛び乗ると、颯爽と前方へと走り去ってゆく。俺らは馬車の窓から身を乗り出すと、彼女の姿を見送るように見つめていた。


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