第454話 風纏う矢

◇風纏う矢◇


「的確に射ってきますね…。誰も近付けないですよ…」


 最初の矢で矢避けの魔法の範囲を知ったのか、敵はそこから踏み出そうとする騎士だけに的を絞って攻撃してくる。騎士達もできれば剣を振りやすい藪の外で戦いたいようだが、彼らは全くと言っていいほど近付いてこない。弓兵ばかりという不可思議な編成だが、彼らはその編成が当たり前なのだろう。隙のないその立ち回りに俺らは動けないでいる。


 …不可思議と言ってもまったく耳にしないわけではない。東方の大陸中央部に居るとされる騎馬民族は弓が主力だと語られているし、前世でも元寇の折りには重装長弓騎兵が活躍したという説もある。どちらも機動力が優れていることが前提ではあるが、近接戦闘を排除した立ち回りにて戦う集団だ。


「ハルト。どうする?…かるく炙ろうか?」


「やめろ。山火事にするつもりか」


 膠着し始めた状況にナナが料理の仕上げのようなことを提案する。彼女としては弦を焼き切るだけに留めるつもりだろうが、それで留まる保証は無い。それに膠着しているように思えるが、事態は俺らにとって好転するように進んでいく。


 向こうは限りある矢を消費し、こちらは俺が矢を防いでいることもあって戦況を整えることができる。現に前方に向かっていた騎士の何人かはこちらに戻って戦線に加わっている。それに騎士には弓を使えるものが少ないようだが、他に遠距離攻撃の術が無いわけではない。


「むむむ…。街道を荒らしちゃいますが…、仕方が無いですね…」


 タルテが街道の地面に手をつけると、大地から圧縮した土塊を練成する。土が材料でありながら、それは岩石と見紛うほどに硬質な質感を纏い、実際に異様なほど硬く重い。泥団子にも見えるが、その範囲を大きく逸脱したそれをタルテはその手に収め、片足を大きく上げながら振りかぶった。


 彼女の足は力強く大地を掴み、その力を余すことなく手元の土塊に伝える。魔法が奇跡の一端であるのならば、奇跡の体現者である豊穣の一族の筋力も魔法に他ならない。…広義的には魔法の筈だ。そう言いたくなるほどの勢いで、彼女の放った魔球は森の中へと突き進んでゆく。


 だが、結果は俺の想像を裏切った。タルテの砲弾のような魔球は弓兵の一人を吹き飛ばすと思っていたのだが、魔球は大きく逸れて近くの木の幹にのめり込んだのだ。


「は…!?嘘だろ!?…どんな動体視力してんだよ…!?」


「ハルト様…!?何が起きたのですか!?」


「あの弓使い…、タルテの魔球を打ち抜きやがった…!あの一瞬でだぞ…!?」


 魔球が不自然に逸れたのは空中で弓矢によって打ち抜かれたからだ。超絶技巧だとか神業だとかでも言葉が足りぬ腕前に、俺は驚きを隠せないでいる。俺らに向かって魔球を打ち落とした弓兵が顎を上に向けてみせた。口元が大きく隠されているため表情は分からないが、得意気な顔をしているのが幻視できてしまう。


「あのやろっ…!今度は俺が突っ込んでやろうか…!」


「どうどう。ハルト、落ち着いて。流石に一人で突っ込むのは分が悪いよ。それにハルトが居なきゃ守りがちょっとね…」


「うう…、私も悔しいです…!!初めて打ち取られました…!」


 ナナに諌められて俺は攻め入る脚を止める。…現在は俺の矢避けの魔法が馬車列を覆っている。俺がこの場に居なければ、流石にこの防御は維持することができない。俺は歯軋りをしながら先程の弓兵を睨んだ。


「ハルト様。よく考えてくださいまし。手も足も出ていないのは向こうも一緒ですわ。何せ彼らの矢は一本たりとも私達に届いていないのですから」


 ナナに続きメルルが俺を励ますように声を掛ける。…確かにメルルの言うとおりだろう。一方的に向こうが攻撃を仕掛けている状況だが、向こうの攻撃はまったく効果が無いのだ。俺はメルルの言葉に励まされて、平常心を取り戻した。


 今度は俺が弓兵に得意気な顔を返す。彼なの攻撃は蚊ほども俺らに届いていないのだ。ある意味では俺らはのんびりと休憩していると言ってもいい。


 …その思いが奴にも届いたのだろう。俺の表情を見て、奴は恨めしそうな視線を俺へと向けた。そして奴は背中の矢筒から矢を取り出すと、弓につがえてみせた。その照準はしっかりと俺に向けられている。


「ハルトさん…。何か様子がおかしいです…」


 弓を引き絞る奴を見て、タルテが小声で俺に忠告を飛ばす。彼女が言うように、矢をつがえる奴の様子は今までの射撃と違ってどこか大仰な動作だ。そして奴の周囲に居た他の弓兵は何故か彼を止めるような素振りを見せている。


 キンキンキンっと何故か金属音めいた音が微かに聞こえた。どうにも異様な気配が立ちこめ、俺の心に異様な焦りにも似た感情が湧き出る。だがその気配が何かと思い至る前に、引き絞られた弓から空間を割くような速度で矢が射出された。


「…ッ!?レジストォッ!?」


 矢が矢避けの魔法の範囲に突入した途端、俺の魔法が犯された。それはあの射撃にも魔法が込められていた証左だ。矢避けの魔法は飛来物の横合いから風を当てて逸らす魔法なのだが、矢は少しばかり逸れただけで突入してくる。そしてそれどころか逸れたはずなのに真っ直ぐ俺に向かって来ているのだ。


 魔法をレジストしただけでなく、僅かに発生した影響すらも加味して射られていたのだ。俺の魔法の風を読み切られた事に酷くプライドが傷つけられたが、身体は冷静に動いてくれた。


 鞘から直接の抜き打ち。居合いめいた動きで俺は迫ってきた矢を容易く切り落とす。居合い十文字斬りで四分割にされた矢は、その勢いを無くして俺の足元に散るように落ちてゆく。


「…!?」


 俺は自分の矢避けの魔法が抜かれたことに。向こうは矢が剣によって断ち切られたことに悔しげな表情を浮かべて相対する。互いの視線が宙で火花を散らし、チリチリと空気がひりついてゆく。


 …こうなれば白黒つけなければ収まらない。互いが無言で向き合い、嵐の前の静けさを醸し出した。


「君!駄目だよ!前に出ないでくれ!…どうやら向こうも退いている!」


 だが、本格的な戦いが火蓋を切る前に、横合いから水が差されることとなった。俺は近場にいた騎士に抱き疲れるように止められ、相対していた奴は他の弓兵に頭を叩かれていた。


 騎士が言ったように、向こうの弓兵達は森の奥へと退避し始めている。頭を叩かれていた奴も引きずられるようにして森の奥へと向かう。消える最後の瞬間まで奴は俺を睨みつけてはいたが、結局はそれ以上弓を射ることなく消えていった。


「向こうも戦闘が終わったようですわね。…何事も起きてないと良いのですが」


「ハルト。…追い討ちは駄目だよ?その辺は騎士に任せないと」


 メルルとナナが俺の傍らでそう呟いた。メルルが言ったように馬車列の前方でも弓矢の応酬が止まっている。唐突な戦闘終了に、俺は行き場を失った気持ちを溜息に込め、心を落ち着けるように抜き放っていた剣をゆっくりと鞘に収めた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る