第453話 衝動的な静寂
◇衝動的な静寂◇
「数は十二名、森の縁を沿うようにしてこっちに向かってきている」
街道の脇を回りこんでくる存在は、未だに姿を現さないが着実にこちらとの距離を詰めてきている。周りの騎士達は馬車列前方の戦闘に注目しており、回り込んできている者達に気が付いた様子は無い。
それもある意味仕方が無い事で、街道脇の森との境界にはイチイの低木が茂っているため、見通しが悪いのだ。俺が教えたことで敵が潜んでいることを知ったナナやメルル、タルテでさえも、そいつらを見つけられずに視線を引っ切り無しに動かしている。
「見えませんね…。真後ろに向かうつもりでしょうか…?」
「…それが狙いか?後続の馬車を壊して道を塞げば、たとえ切り返しても逃げられなくなるだろ」
タルテの言葉に刺激されて俺は敵の目的の一つに思い当たる。敵の十二人という人数は前方と連動して挟撃するには少なく、かといって目的であろう第三王子と
だからこそ俺は逃げ道を塞ぐということが敵の目的ではないかと考えたが、メルルとナナは口元に手を当てて考え込んでいる。
「…そこまで致しますでしょうか?豊穣祈願の失敗を願う敵対派閥にバグサファ地方の反王府派。あるいは
「そうだね。デメリットは多いけど…メリットは殆どないもの。それに馬車を壊して道を塞いでも、単騎なら抜けれるよね?王子と
その辺の事情に疎い俺とタルテにメルルが続けて説明してくれる。まず、敵対派閥は第三王子の失敗を願っているが、暗殺というリスキーな手段をとるほどの価値は第三王子にはない。さらにバグサファ地方の反王府派…。これは王府に従うことに抵抗してる派閥故に豊穣祈願の行脚に反対しているのだろうが、第三王子を殺してしまえばそれを理由に武力的な介入を許すことに繋がってしまう。
そして
「ハルト。外の騎士の人に伝える?信じてくれるかは分からないけど、警戒心は抱いてくれるでしょ?」
「それとも、こちらから先制攻撃いたしますか?幸いにも後ろには丁度いい積荷がありますわ」
ナナは外の騎士を、メルルは後続の馬車に詰まれた物資を指差す。メルルが示したのは物資の中でも樽に入った水のことだろう。彼女の水魔法であれば、樽の水を使って弾幕を張ることができるはずだ。もちろん、飲料用の水なので勝手気ままに使うことはできないが、襲撃者を攻撃するために使うのであれば多少はお目こぼしをしてもらえることだろう。
「ナナとタルテは騎士に伝えてくれ。俺が風魔法で感知したことを話していい。…メルルは俺と一緒にぶちかまそうか」
俺が声を掛けると同時に、皆で一斉に馬車から飛び出す。周囲を警戒していた騎士が何事かと俺らに詰め寄るが、ナナとタルテが彼らに事情を説明する。その間に俺とメルルは後ろの馬車に飛び乗って水の入った樽に手を掛けた。
「君…。敵が居るというのは本当か?」
「完全に隠れててここからじゃ見えませんよ。ただ、移動している音は聞こえています」
ナナから話を聞いた騎士が俺に向かって声を掛けてくる。流石に本当であったら無視できない情報であるためか、彼は真剣な顔つきで藪の向こうを見つめている。俺はメルルが魔法使いであることを伝え、向こうに先制攻撃をすることを伝える。学生が手伝うことに彼は渋ったものの、結局は初撃だけという条件で了承する。
「ハルト様。…方向はこちらであっていますか?」
「ああ。あそこの木々の切れ間を狙いにしてくれ。奴らがそこに差し掛かるタイミングで仕掛けるぞ」
開けた樽から水が零れ出すが、それは重力を忘れたように天へと流れ落ちる。宙を登る水の筋はメルルの周りを螺旋を描いて昇り、彼女の頭上で大規模な水球へと姿を変えてゆく。樽から零れた水の糸は、彼女の周りを流れ昇る過程で闇魔法にて冷やされる。そしてその糸にて織り込まれた水球は液体でありながら氷結するほどに温度が低い。
その境界を崩さぬように丁寧に丁寧に…、それでいて氷結が始まらぬよう丹念に水球を加圧する。スロー、スロー、クイッククイック、スロー。まるで優雅なダンスのステップを踏むように、メルルは魔法を紡いでいる。
「通りかかるぞ。十秒後だ」
俺は小さな声でメルルに合図する。その言葉を聞いて、メルルは一気に構築した魔法を完成させた。
「…高まって、落ちてきて、愛が深くて表せない。貴方を芯から冷やしてあげる…。
魔法攻撃というには鈍重な速度でメルルの放った水球は森へと放物線を描く。騎士達はそれを視線で追うが、水球が森の影に消えた瞬間に飛び上がることとなった。
飛沫の音が混じった炸裂音。圧縮された水球はメルルの制御から解き放たれたことで、一気に膨張して過冷却された水を周囲に撒き散らしたのだ。その衝撃はイチイの低木を押し倒しながら、同時にコーティングするように氷結させてゆく。
「…!?敵襲!敵襲!」
メルルの魔法によって藪が掻き分けられ、そこに居た者の姿を露にする。彼らは魔法によって衝撃を受けたうえに、イチイの低木と縫い止められるように氷結させられたため、蹲ったまま抜け出せないでいるようだ。その者達を目撃した騎士が叫び、胸元に下げられた笛を取り出して吹き始めた。
「何人か逃した!弓が飛んでくるぞ!…ナナ!タルテ!俺の後ろに隠れろ!」
俺の耳には弦を引き絞る音が聞こえていた。それを周囲に知らせ、俺はメルルを守るように前に立ちながら矢避けの魔法を構築した。
メルルの魔法に飲まれた者を救出するためか、こちらに向かって牽制するように弓が放たれる。藪から姿を見せた襲撃者は口元を隠し、この状況でも浮き足立った様子は無い。…分かっていたことではあるが山賊の類ではない。確実に訓練された者達だ。
「矢避けの魔法か。…感謝する。それにしても何人いるんだ?この矢の量は一人や二人じゃないだろう」
「完全な行動不能は四人。それの救出しているのは二人。それ以外の六人は全員が弓を使ってます」
不自然な矢の挙動を見て、騎士が何が起きたのかを察知して俺らに声を掛ける。彼が言ったように確かに弓兵の数が多く、俺も予想としていなかった状態になっている。…よく観察すれば氷に囚われている者も救出している者にも弓が装備されている。十二人全員が弓兵とはかなり特殊な編成だ。
敵は不用意に迫ることは無く、徹底して遠距離攻撃に準じている。自分の剣が披露できないからか、騎士は渋い顔で藪の中を見つめていた。
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