第452話 不穏な襲撃者

◇不穏な襲撃者◇


「次の目的地は荘園じゃないみたいだな。畑同士の間隔も離れてるし高低差もある。…隠れて儀式をするのには困らなさそうだ」


 次の目的地に向けて揺れる馬車の中、俺らは中央に置いた鞄を机代わりにして写し取った畑の地図を皆で覗き込む。荘園は大規模に切り開かれ区画も整備された大規模な農場であったために隠れる場所など無かったが、次の目的地はまさに田舎の農村地帯であり、地形に沿って随時開拓されていったであろう畑は入り組んでおり地形も複雑だ。


 俺らの乗る馬車は既に王都周囲にある穀倉地帯を抜け、バグサファ地方へと続く街道を進んでいる。次の目的地はバグサファ地方の手前にある小規模な地方領主が集まる地域で、穀倉地帯が複数の領地に跨っているために畑も複雑な形状になっているのだろう。もとは離れていた農地が開拓していったことで繋がってしまったのだと思われる。


「見たところ…ライ麦畑みたいですね…。寒いところなんでしょうか…」


「北部はどこも標高が高いからね。ネルカトル領もライ麦畑は沢山あるよ」


 この国の北部には表国の高い山脈が横たわっており、それが隣国との境になっている。そのため北部に向かえば向かうほどに標高は高くなっており、最終目的地であるバグサファ地方は半ばその山脈の飲まれた盆地を含む一帯を評する言葉だ。


 ネルカトル領がそうであったように、山脈から湧き出る水が豊かな土を作り出し北部の多くは広大な森と畑を抱えているのだが、全ての場所が豊かという訳ではない。それこそ次の目的地もバグサファ地方も砂利の多い礫地であるため、土が痩せてしまっているのだ。それはそれで葡萄畑や果樹園に向いているのだが、まったく穀物を生産しないわけにはいかない。


豊穣の角鍬コルヌコピアを使う会場がここになりますので、タルテが豊穣の力を施すのはこの地点が良いのではないでしょうか。恐らく警備網はもっと手前に作られるはずですわ」


「確かに…その手前の地点を押さえれば警備は十分だろうな。逆にここまで警備するとなると南だけじゃなく、東も西も監視する必要が出てくる」


 入り組んだ地形であるため、近場でありながら死角となる場所は多い。初めに不審人物の有無を確認すれば、その後は立ち寄る者も居なくなるだろう。俺らは当日の警備状況を想像しながら、どう動くかの作戦を練る。


 …当日の警備状況を確認するために、騎士団や近衛の話をどこかで盗み聞きして情報を仕入れるべきか。だが、そんな重要な会議をしているのに防諜対策をしていないとは思えない。


 俺がどうするべきかと背もたれに体重を預けた瞬間。甲高い笛の音が周囲に響いた。その笛の音は馬車列の前方で鳴り響き、伝播していくように後方に向けて複数の笛の音色が鳴らされる。同時に馬車が急停車し、対面に座っていたタルテの角が俺目掛けて飛んでくる。


「ぅおっと!?」


「ご…!ごめんなさい…!?」


「…風壁の魔法を解くぞ。何か問題が起きたらしい」


 慣性で飛んできたタルテを受け止め、俺は周囲に張っていた風壁の魔法を解除する。あの笛は馬車同士の連絡を取るものだ。敵に利用されないようにパターンを毎回変えるため、警備に参加していない俺らにはその意味は分からないが、馬車が急停止したのはその笛に緊急停止の意味が込められていたからだろう。


 …緊急停止が指示される状況は余り多くない。たとえば木々が倒れたり地すべりが起きていたりで通行不能になっていたとしても、その場合は安全を保持しつつ即座に停止が指示されるはずだ。


「…襲撃者だ。馬車の前方で弓が飛び交っている」


「嘘でしょ…!?この集団に襲撃してきた人がいるの?」


 俺は座ったまま背後を振り向き、覗き窓から馬車列の前方を覗き込む。隣に座っていたナナも俺と肩を並べて同じように前方を覗いている。俺が風壁の魔法を解いたことで、騒がしくなった外の声が俺らの乗る馬車の中にも飛び込んでくる。


「ちょっとナナ。私にも見せてくださいまし…!」


「メルル…!狭いんだからあまり押さないでよ…!」


 襲撃者という言葉を聞いて、メルルも身を乗り出して状況を確認する。ナナが驚いていたように、この騎士団に囲まれた集団を襲う人間なんて早々いるはずはない。山賊が襲うのはもっと抵抗の少なく見返りの多い商隊であってガチガチに武装した騎士団ではない。俺らが山賊の討伐隊であるなら、山賊の規模によっては先制攻撃をすることもありえなくは無いが、それはあくまでももしもの話だ。


「何だと思う?」


 俺は小さく一言で尋ねた。


「…豊穣祈願を阻止したい何者か。バグサファ地方の者が出張るにしては早いので、第三王子の対抗派閥でしょうか?」


「でも仕掛けてくるには早くないかな?…普通ならそれこそ、もっと疲労が溜まってきてから襲撃すると思うけど…」


 俺らは前方の戦況を眺めながら、どの勢力が襲ってきたのかと話し合う。特定するには情報が少ないが、それでもこの襲撃に何かしらの思惑が入り込んでいることは確定的なので、つい考え込んでしまう。


「騎士達はどんどん先頭に集まっていくな。陽動の可能性は無いのか?」


「…たとえ陽動だとしても守るべきは先頭に居る者達ですからね。私達は所詮ついでです」


 騎士団は馬車の隊列の全てを守るように満遍なく配置されていたのだが、それが今では前方に集まっている。馬車列は先払いの近衛を除けば先頭に第三王子と豊穣の角鍬コルヌコピアという守るべきものが集まっている。そこから高位の役人や騎士団の上層部が続き、下っ端の役人や俺らは馬車列の大分後方だ。


 つまり、俺らの居る付近は守るべきものは少ない。陽動の可能性はあっても、第三王子や豊穣の角鍬コルヌコピアの存在を考えれば手薄にせざるを得ないのだろう。


 …俺は風を展開して広範囲を調べる。騎士団が頼り無い以上、自分の身は自分で守る必要がある。


「おいおい…。案の定、回り込んできてるじゃねぇか。戦闘準備をしてくれ」


 俺の耳には近場の茂みに身を隠して移動する一団の音が聞こえてくる。金属音の混じるそれは、決して獣の類などではなく武装した人間のそれだ。俺らは一斉に武器に手を掛け、前方ではなく馬車列の真横にへと視線を向けた。


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