第450話 豊穣祈願の儀式

◇豊穣祈願の儀式◇


豊穣の角鍬コルヌコピアを使うだけだってのに…やたらに長いな。退屈そうにする王子の気持ちも分かるよ」


 俺は小声でつい文句を呟いた。すでに儀式が始まってから十数分も経っているのに、未だに豊穣の角鍬コルヌコピアが使われる気配が無い。俺の言葉が届いたのかナナは苦笑いをし、メルルは肘で俺のわき腹を軽く小突いてくる。


 俺らの視線の先には、天幕を背に儀礼官が王の言葉を伝えている。天幕には白地に金糸で緻密な刺繍が施されており、畑の傍らに張られるには不釣合いなほど豪華な代物だ。その天幕で覆われた壇上のような一画には第三王子や近衛、儀式官などが集まっており、観客である荘園の者や俺らは野ざらしの畦道に並んでいる。白い天幕に野ざらしの俺ら、空に広がる青空のせいもあって、どこか運動会の開会式の風景を思い起こしてしまう。


「ハルト様。この荘園は王都に近いですが、離れれば離れるほど王の存在感を示せることは少なくなりますからね。こういった機会は間接的とはいえ王の言葉を伝える数少ない機会なのですよ」


「…庶民代表として言わしてもらうが、大半はそこまで深く聞いていないぞ。第一、式辞の言葉で左右されるほどの権力じゃないだろ」


「あんまり大きな声でそういうこと言っちゃ駄目だよ。特に近衛に聞かれたら面倒なことになっちゃうから」


 二人に諌められながら俺は無心で儀式の進行を見守る。だが、飽きた表情をしているのは俺や第三王子だけでなく、荘園の者にもちらほらと見える。パレードなどであれば変化があって楽しく見ていられるのだろうが、こうも動きの無い式典ともなれば飽きが来てしまうのだ。


 飽きによって時の流れが遅く感じるが、それでも式典は粛々と進んでゆく。そしてとうとう式典の佳境に差し掛かった。近衛達が動き始め隊列を組みなおす。今までは大した動きが無かったため、それが却って観客の好奇心を引き付けた。


 第三王子が立ち上がると畑の傍らにまで足を進める。そして天幕の奥から近衛に守られるようにして三人の男性が姿を現す。彼らも第三王子のように荘厳な衣装に身を包んでおり、ただの役人とは区別されている。


「おお…。あの箱に豊穣の角鍬コルヌコピアが入っているのでしょうか…?」


 タルテが言葉で示したのは、三人の男と共に搬入されてきた仰々しい木箱のことだ。先頭を歩む初老の男性は手ぶらだが、後ろに付き従っている二人の男性は飾り彫りの施された高価そうな木箱を二人で運んでいるのだ。


 初老の男性は第三王子の近くまで赴くと恭しく頭を下げた。そして、後ろについて来ていた二人の男に向き直ると、何重にも施された錠前を一つ一つ開錠してゆく。


「あの者達は宝物庫番の者です。…彼らはあなた方に依頼したことまでは知りませんが、豊穣の角鍬コルヌコピアが偽物だということを把握しております。もし何かあれば協力を仰ぐこともありますでしょう」


 俺らの後ろに移動してきたアデレードさんが、静かな声で解説をする。彼女が指し示したのは木箱を第三王子の下に運んできた三人の男だ。彼らは箱を開けると、中から豊穣の角鍬コルヌコピアを取り出し、周囲に見せ付けるように頭上に掲げてみせた。


 周囲から感嘆の声が漏れる。豊穣の角鍬コルヌコピアは荘園の者も慣れ親しんだ鍬であるが、円錐状に捻れた木々が刃になっているように非常に個性的な形状だ。だからこそ、豊穣の角鍬コルヌコピアが思いも寄らぬ代物であったため、驚いて見せたのだろう。


「宝物庫番の審美眼は本物と聞きますからね。知らなければこの時点でレプリカとばれてしまいますわ。…むしろ彼らの協力があったからこそレプリカを作ることができたのでしょう」


「そう言えば、わざわざ彼らに鑑定をしてもらうため王府に依頼を出す人も居るって聞いたことがあるね」


 アデレードさんの言葉にメルルとナナが続く。普段は表に出てこない役職の者だからか、既に知っている豊穣の角鍬コルヌコピアよりも、彼らのほうを珍しそうに見つめている。


 宝物庫番の者は頭上に掲げた豊穣の角鍬コルヌコピアを第三王子に差し出す。第三王子はそれを乱暴に受け取ると、ずかずかと畑の真ん中にまで歩んでゆく。彼の日焼けの無い白い肌が太陽光にさらされ、より一層白さを際立たせている。


「クソっ…何で俺が農民の真似事など…」


 俺の耳に第三王子の不満の声が届く。俺らの居る畦道と畑の中心にいる第三王子は距離があるため他の者には聞こえなかったであろうが、農民が周囲に居る状況で呟くにはあまり好ましくない台詞だ。


 第三王子は畑の真ん中に辿り着くと、豊穣の角鍬コルヌコピアに魔力を込め始める。そして光を纏い始めた豊穣の角鍬コルヌコピアを天高く振りかぶって見せた。第三王子はふら付いて見せたが、なんとか姿勢を整えて今度は足元の大地目掛けて振り下ろす。


 豊穣の角鍬コルヌコピアが纏っていた光は、大地にへと流れ込んでゆく。その常ではない光景を見て、よりいっそう荘園の者が沸き立つ。自然と周囲から拍手が鳴り始め、それは歓声へと変わる。


「…大丈夫そうだな。気付いている者は見当たらない…」


「そうですわね。まさか光るだけの鍬とは思っていないでしょう」


 俺は第三王子の観察はそこそこに、近衛や役人達を見定める。アデレードさんが知っていると言っていた宝物庫番を除けば、とくに不審げな表情をしている者は見当たらない。恐らくはアレが偽物だと勘付いた者は居ないようだ。


「やっぱりタルテちゃんがやったほうが神々しかったね。…本物の豊穣の力なんだから当たり前だけど…」


「えへへ…。豊穣の角鍬コルヌコピアにどれくらいの力があるか分からなかったので…、多めに力を込めちゃいました…」


 騒がしい観客の声が俺らの声を掻き消し、第三王子を後押しするように広がってゆく。ここまで歓声があれば喜んでもいいものなのだが、第三王子は相変わらずの不機嫌な面だ。観客に手を振ることも無く、彼は天幕の元に戻って宝物庫番に豊穣の角鍬コルヌコピアを突き出すように渡した。


 そして第三王子の変わりに中央へと移動した儀式官が閉幕の挨拶を告げる。俺らは人波を掻き分けながら土壌調査の続きをするためにその場を後にした。


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