第449話 地に力込め実り齎さん

◇地に力込め実り齎さん◇


「それでは…豊穣の力を使いますね…」


 タルテがふらりと周囲を確認するように歩み始める。彼女の指先は戯れるように木立の木の葉を撫で、土に触れてその感触を確認する。彼女が歩みを止めたのは、木立の中に少しばかり入り込んだ所にあったぽっかりと空いた丸い空間だ。


 このぽっかりと空いた空間はギャップと呼ばれるものだ。林内は暗い状態のため多くの稚樹は成長できないが、大木が枯れることでこのような空間が生み出されるのだ。大木が枯れたことで林床まで光が差し込む隙間が生まれ、足元は背の低い草木が茂っている。


 その空間の中心にあった枯れた大樹の倒木を、タルテが慈しむように撫でる。そしてその側に寄り添うようにして彼女は魔法を構築し始めた。草木でできたステージに、木立の枝葉が作り出す上空からのスポットライト。まるで彼女の為だけに作り出された空間で、ゆっくりと光が満ちてゆく。


「なるほど。確かにこれは人目のあるところでは難しいですね。…それにしても余りに神々しい。神話の一端が顕現したかのようです」


 アデレードさんが感激しながら言葉を零す。冷静な顔つきを崩してはいないが、その双眸は見開かれ、その光景を食い入るように見つめている。


 タルテはゆっくりと地面に膝を付き、上空を見つめながら両手を広げる。彼女を中心にして光の粒が生み出され、それがタルテの視線の先に集まっていく。彼女の足元では草木が共鳴するように急成長し、生命の輝きをありありと見せ付ける。


「命は花で、死は実り。永久とわおりで、滅びはよどみ…。酒盃を掲げて騒ぎ出し、火をかまどに灯し命を歌う…。折りパイの中にフランジパーヌ、そして最後にフェーヴを一粒。ピレウス被って平らげて、…それでも我が子が残ってるサートゥルナーリア…!」


 まるで死に掛けた俺に治療を施したときのように、光の粒が渦巻き集まって光の珠を成す。そして、彼女が呪文を唱え終わるのに合わせて、宙に浮いていた光の珠がゆっくりと降りてくる。光の珠がタルテの目線と同じ高さまで降りてくると、タルテはゆっくりとそれを両手で包み込む。


 膝を付き、両手を組んで掲げているその姿勢は祈りの姿そのものだ。だが、そんな崇高な姿をしていたのは数秒ほどで、タルテは流れるような動作で、光の珠を包み込んだ両手を力強く大地に叩き付けた。


 ダブルスレッジハンマー。双拳と呼ばれる彼女の拳は、その小さな身体とは不釣合いなほどの威力をもって大地を揺らした。彼女の拳に宿った豊穣の力は、魔力と筋力を携え、地中深くまで浸透したのだ。


 木立からは鳥が一斉に飛び立ち、俄かに周囲が騒がしくなる。俺らはタルテが拳を象った時点で彼女の行動を予想していたが、アデレードさんにとっては衝撃的な行動だったようで、初めて冷静とはいえない呆けた表情を作ってる。


「終わりました…!豊穣の力が地に満ちましたよ…!」


「………お疲れ様です。見事な両手鉄槌打ちでした」


 一仕事終えたタルテはにこやかな笑顔で俺らに向き直る。アデレードさんは未だに混乱しているものの、なんとかタルテに返す言葉を搾り出した。その二人の温度差のためか、どこか居た堪れない空気が場を支配する。


「さ、戻りましょうか。荘園に伝わるほど大きく揺れた訳ではありませんが、飛び立った鳥を目撃されたかもしてません」


「そうだね。…タルテちゃん大丈夫?疲れたなら負ぶっていくけど」


「大丈夫です…!これぐらいなら十分元気です…!」


 混乱しているアデレードさんの代わりに、メルルとナナが先導して歩き始める。アデレードさんも深く考えるのをやめたのか、どこか納得していない表情ではあるが俺らと共に荘園に向かって歩き始める。


「そう言えば、アデレードさんの用件は何だったのですか?」


 俺はアデレードさんの無言が堪えられなくなり、彼女に向かって話しかける。俺らが相談した流れでここまで来たが、確か彼女も俺らに用があって探していた筈だ。


「ああ、そうでした。…私のほうは大した用件ではありませんよ。豊穣祈願の様子を念のため見て頂きたいというだけです」


「豊穣祈願をですか?それは構いませんけど…」


 タルテが豊穣の力を施した今となっては、俺らはほぼ暇な状態だ。あとは朝にやったように簡易土壌分析図で調査すれば、次の豊穣祈願の予定地に行くまでやることは無い。そのため第三王子と関わりたくは無いが、もともと豊穣祈願の様子は確認するつもりであった。


「単に私が心配性なだけですよ。例の豊穣の角鍬コルヌコピアのレプリカを初めて本番で使うことになりますから、近くに居て頂きたいのです」


 豊穣の角鍬コルヌコピアのレプリカはタルテが作り出した物であるため、何かあったときに対応できるように待機していて欲しいらしい。もちろん、その場で修理したりすることは不可能だが、タルテの目から見て不可思議な挙動をとっていたなら後で調節することもできる。


 ただ、調整といってもあれは光る鍬にしか過ぎない。一応は少しばかりの豊穣の力もあるらしいが、タルテ曰くあってないようなものだ。だからこそ、アデレードさんの念のため見ておいて欲しいというお願いは、できれば見ておいて欲しい程度の要望だ。


「あ、アデレード様。外の様子はどうでしたか?」


「確かに獣の痕跡がありましたが、ただの猪でした。荘園にとってはやっかいな害獣ですが…人の気配の多い今は近寄ってこないでしょう」


 荘園まで戻ると、再び警備の騎士に挨拶をして中へと入る。ちなみに猪の痕跡があったのは本当で、タルテが魔法を施した木立にも残っていた。どうやら近くの森を住処にして、夜になると荘園に餌を求めてやってきているらしい。タルテの豊穣の力は野山にも及ぶので、しばらくは荘園に出没することも減るだろう。


 俺らが外に出向いていた間に豊穣祈願の準備はほぼほぼ終えたようで、畑の一画を飾り立てられた天幕が覆っている。儀式官らしき人が最後の打ち合わせをしているのか第三王子の元に侍り進行の説明をしている。第三王子は相変わらず不機嫌な顔だが、どこか落ち着きが無く少しばかり緊張しているようだ。


 俺らは待機している役人などに混じり儀式の開始を待つ。そして近衛が王子の背後を守るかのように並んだかと思えば、儀式官の声が豊穣祈願の開始を告げた。


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