第448話 人気の無い所に行こうか

◇人気の無い所に行こうか◇


「お、本隊のご到着だ。アデレードさんはどこに居るかなっと…」


 俺が風で感知すると同時に、荘園の入り口が騒がしくなる。遠目で見てみれば近衛に囲まれた第三王子の馬車が姿を現したところだ。近衛の先払いを先頭に第三王子の馬車、そして街長が乗っているだろう馬車、役人の乗る馬車と複数の馬車が次々と乗り入れてくる。


 騎士団により人払いが成されているものの、遠巻きに荘園の者達が人垣を作り第三王子達を囲っている。ファンというよりは物珍しさで集まっているようだが、それでも第三王子を歓迎するように人々は笑顔を向けている。だが、逆に第三王子は不機嫌な顔で馬車から降りてくる。


 第三王子に子供のイメージがあるため、寝起きなのかと勘ぐりたくなる。豊穣祈願のためか第三王子は法衣にも似た衣装を纏っており、その荘厳な衣装が返って不貞腐れた顔つきを強調している。第三王子は近衛に案内されるようにして荘園の奥へと進む。そこには荘園には不釣合いな観覧席が用意されており、第三王子は少し乱暴にそこに腰掛けた。


「ハルト様。アデレード様はあそこにおりますわよ。…第三王子は儀式の準備に勤しんでいるようですし、今のうちに会いに行きましょうか」


「タルテはどうする?まだここでペクトゥナさんの話を聞いてくか?」


 俺は荘園の農業について話しているタルテに声を掛けた。アデレードさんと打ち合わせをするだけならばタルテは参加する必要は無いだろう。むしろ俺らのやることが無いので、彼女が力を行使する段取りはこっちで取り繕いたい。


「あらぁ?どこか行かれるんですか?」


「ええと…、ごめんなさい…。ほ…、報告をする必要がありまして…!!」


「いえいぇ。学生さんは学生さんで大変みたいですね。…第三王子が来たとなれば忙しくなりますから、私も上司のところに戻りましょうか」


 今までは楽しそうに語っていたペクトゥナさんが、上司のワードを出した途端にスン…と暗い目をした。まるで疲れた女子社員のような顔つきで、彼女は役人の集まる観覧席へと進んでいく。…複数の役人がいるため、どれが彼女と同じ農政院の人間かは分からないが、あそこに彼女に仕事を押し付けた人間が居るのだろう。


 彼女の様子も気になるが、俺らものんびりとはしていられない。結局はタルテも引き連れて俺らはアデレードさんの元へと足を運ぶ。


「ああ、皆さんお疲れ様です。丁度いいところに来て下さいました。今、お時間を頂いてもよろしいですか?」


「え?ええ。丁度俺らもアデレードさんに相談したいことがあります」


 周囲を探るように視線を這わしていたアデレードさんは、俺らの姿を見つけると軽く手を上げて話しかけてきた。どうやら彼女も俺らと同様、話したいことがあるらしい。俺らは連れ立って歩きながら比較的周囲に人が居ない場所へと移動する。


 馬車の陰に着いたところで、俺らは足を止めて向き合った。アデレードさんは周囲を一瞥すると俺らに対して口を開く。


「それで、相談したいこととは急ぎでしょうか?…なにかトラブルが起きましたか?」


「緊急と言う訳ではなりませんが、人目が多くて豊穣の力を行使する場所に迷っています。荘園の外に出向いてもいいのですが、それでも騎士団の人間に出て行くのを見られるでしょうし…」


「あの…、豊穣の力は…魔法使い相手ですと…距離が離れていないと感知されちゃいます…」


 豊穣の力は地脈を通じて広範囲に広がるため、魔法を行使するのは荘園の外でも構わない。しかし、騎士団が荘園の出入りを監視している状況では、下手に外に向かえば不審な動きをしていると勘ぐられる可能性もある。かといって荘園内で死角になっている倉庫などの小屋は周囲に人の気配も多く、畑ともなれば丸見えとなってしまうだろう。


 俺はついでに農政院の調査員が豊穣祈願の儀式が終わり次第、調査に移るだろうことを告げる。それを聞いたアデレードさんは少し考え込んで口を開いた。


「それならば…私があなた方を外へと連れ出しましょう。…まだ、準備に時間が掛かりますし、先に済ましてしまいましょうか。それに私も実際に豊穣の力が施されるのを見ておきたいですし」


「いいのですか?アデレードさんも忙しいのでは…」


「いえいえ。もとよりこのためにこの行脚では身軽な役割に従事しています。…言ってしまいますと遊撃や斥候に近い立ち位置ですね。守るために第三王子の近くに侍るのではなく、動き回って情報を仕入れる立場です」


 そう言ってアデレードさんは荘園の外に向かって足を進める。道すがら彼女に詳しい話を聞いたところ彼女の言っていたことは本当で、本来なら俺らや騎士団と一緒に朝早くにここを訪れるつもりであったらしい。それを第三王子が話し相手にと引きとめ、結局は彼と同時に出向く羽目になったのだとか。


「あれ?アデレード様。外に御用ですか?…その者達は?」


「ええ。この者達は畑の調査をしに来た学生なのですが、調査の折に獣の影を見たそうです。問題はないとは思いますが、念のために確認をしに向かいます」


 アデレードさんは荘園の門を守っていた騎士に片手を上げて挨拶をすると、そのまま荘園の外に向かう。俺らも軽く会釈をして彼女の後に続いた。騎士はアデレードさんの言い分を信じたようで、荘園の外に向けて鋭い視線を向ける。獣が人気の多い荘園にいきなり襲来する可能性は低いものの、進入をさせたとなれば一大事だ。結果的に騙すことになってしまい、職務に真面目に取り組む様子に後ろめたい感情を覚えてしまう。


「…次の予定地では何か理由を考えないといけませんね。…遠方のサンプルを取るということにしましょうか…。いえ、それだと気の利いた者なら念のためにと同行を申し出る可能性がありますね」


「下手に外に向かうと誰かと連絡を取ってると思われちゃうよね。どうにかして単独行動をしないと…」


 今後の予定を話し合いながら俺らは荘園の外へ向かって歩く。出たとこ勝負の計画性の低さが露呈してしまったが、言い訳をさせてもらえば候補地の地形などは情報の仕入れようが無かったのだ。まさかここまで見通しの良い荘園だとは思っていなかった。


「いいですね…!ここなら十分です…!地脈もいい感じに通ってますよ…!」


 荘園の入り口にある木立を抜けると、タルテが小走りで進んで地面に手をつける。俺らは会話を打ち切って周囲を確認するように見渡した。木立のお陰で視線も切れており、風で確認しても人の姿は無い。俺はタルテに向かって頷き、問題ないことを彼女に告げた。


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