第447話 新米農学者

◇新米農学者◇


「うひぃ。サンプルはここで最後です。て、手伝っていただき、ありがとうございます」


 翌朝、俺らとペクトゥナさんは一部の騎士団員を率いて朝早くから豊穣祈願の予定地である農村まで出向いていた。騎士団の目的は農村での警備体制を整えることにあるのだが、俺らとペクトゥナさんの目的はその農村の現在の土壌の状態、及び農作物の育成状況を調査するためだ。


 と言っても、俺らの土壌調査は本来の依頼を誤魔化すためのものなので大したものではない。クスシリム準教授に渡された魔法紙…簡易土壌分析図と言われるものらしい。その魔方陣のようなものが描かれた特殊な紙に土と魔力水を混ぜたものを垂らすだけだ。それだけで簡易土壌分析図は反応を示し、部分的に変色することで基本的な要素だけではあるが土壌の状態を知ることができる。


 タルテが言うには本当に簡単な要素しか分からないため、本来は薬草園などの人工的な農地で土の状況を平均化するために使われるものらしい。一方、国からの調査を請け負っているペクトゥナさんはそうはいかない。彼女は到着するや否や、複数のビンを取り出すとそこに農地の各所の土を保存し始めたのだ。


「まぁ…あんな状況を傍目で見せられたら…。…他に人員は居ないんですか?」


「そのぉ、押し付けられちゃいました。肉体労働は新米の仕事だからって…」


 ペクトゥナさんは申し訳無さそうに内情を吐露した。


 俺らが早々に調査を終わらせた脇で、ペクトゥナさんは大量のビンを抱えて土を掘り返しては詰めることを繰り返していたのだ。一つ一つはそこまで大きいビンではないとはいえ、農地の各所で土を詰めるとなると、その重量はかなりの物となる。


 その重量物を一生懸命抱えて動き回る姿を見せられて、俺らは手伝おうかと声を掛けたのだ。ついでに言うと彼女の調査方法の段取りを知りたいという目論見もあった。段取りを知っていればタルテが豊穣の力を施すのに丁度いいタイミングを知ることができるからだ。


「あとは…この土を王都に向けて送るのですね…。成分分析はそっちでやるのですか…?」


「そうですよぉ。タルテさんの使っていた簡易土壌分析図では全ての成分が分かるわけではないですから。特にぃ有害成分が含まれているかどうかはもっと具体的に調べる必要があります。未だに豊穣の角鍬コルヌコピアの効果は全貌が分かっていませんので、こうやってデータを積み重ねる必要があるんですよ」


 まるで後輩を導くように、ペクトゥナさんは得意気に調査の内容を語る。要するに行脚に農政院の調査員が加わっているのは豊穣の角鍬コルヌコピアの効果の実態を調査することが目的のようだ。加えて言えば、豊穣の角鍬コルヌコピアの全容を掴めないまでも、効果の高かった土地と低かった土地、その二つの地の変化を調べれば、育てている植物や天候などにもよるだろうが農地に適した要素を知ることができるはずだ。


「ええとぉ、次は農家の方々に聞き込みですね。皆様もご一緒にどうです?…と言いますか、皆様もその辺の調査をする予定ですか?二回も聞き込むのは忙しい農民の方々に悪いですよねぇ」


「ええと…、そ…そうですね…!聞き込みは…、ええと…」


「農民の方々への聞き込みは、他の方の邪魔にもなりますし、トラブルを起こす可能性もあるので先生に禁止されていますわ。…そうですね。後学のために今回はご一緒させていただきましょうか」


 返答に困ったタルテの代わりに、メルルがペクトゥナさんに答える。第三王子が訪れると聞いて浮き足立っている農村で学生がうろついていれば、確かに迷惑になるだろうと、ペクトゥナさんは納得したように頷いた。


 特にここは農家といっても荘園と呼ばれる国営の農場だ。その為、ここで働く人間は食うに困って流れて来た者が多い。奴隷のように働かされているわけではないが、決して裕福な者達で無いため、暢気に学生気分で接しては問題になる可能性もある。第三王子が招かれるとあってそういった人間は表に出てこないようにされているだろうが、不用意にうろつくわけにもいかないだろう。


 サンプルを馬車に積み込んだ後、ペクトゥナさんは俺らを引き連れるようにして荘園の荘官に話を聞いて回る。仕事を押し付けられるくらいに気弱な方と思ったが、意外にも彼女はコミュニケーション強者のようで、気さくな様子で農法について聞いて回る。荘官の人間も農法に詳しい彼女を受け入れたようで、楽しげに農法について語っている。


「…新米と言ったけど、意外と仕事ができそうな人だね。私が聞いても何を話してるか分からないよ。…ネルカトル領でもしっかりとした農学者を招くべきかな」


「ネルカトルは農民がそれぞれ試行錯誤してるからな。…それはそれで土地に適した農法ができるんだろうが…」


「もともと彼女の所属する農政院はその為に設立された比較的新しい組織ですわよ。農学の知識を集約、発展させ、それを国に広げるために生まれたそうですわ」


 農業についての知識が無い俺とナナ、メルルはペクトゥナさんとタルテの後ろを一歩離れて付いてゆく。あまり興味が無いように見られても困るが、理解できない話を繰り広げられても話が右から左へと通過していくだけだ。唯一、タルテは自分の興味のある分野ということで、荘官とペクトゥナさんの話を楽しげに聞いている。


 手持ち無沙汰になった俺は、風を使って広域を調査する。この後、第三王子がこの荘園で儀式を行った後、俺らの本来の目的を遂行する必要がある。…できればなるべく人目に付かない場所でタルテの力を振るってもらう必要があるのだが、騎士団が警備していることもあって意外にも人目に付かない場所が無い。


 臨機応変に適当にやればいいかと軽く考えていたのだが、意外にも難易度が高そうだ。…最悪、全ての者が荘園から引き上げた後に豊穣の力を施すのも手だが、その場合はペクトゥナさんが何も変化のない土を回収することとなる。真摯に仕事をこなす彼女のためにも、豊穣の角鍬コルヌコピアとは別の豊穣の力とはいえ、せめて変化があった後の土壌を回収してもらいたい。


 俺はアデレードさんに相談するべく、第三王子と共に訪れるであろう彼女の到着を待った。


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