第446話 正規の調査員
◇正規の調査員◇
「第三王子は居ないのか。となれば野営地は気楽そうだな」
西日を浴びながら俺は野営地を眺める。野営地と言ってもここは街の一部となっている軍の訓練所の一画だ。王都の衛星都市であるここは、有事の際に備え軍を滞留できるような施設が整っており、宿泊所とは言える程ではないが野営地と表現するには少し違和感がある。それこそ、キャンプ場と言った方がいいだろうか。
宿泊のための場所も何もない天幕ではなく、木製の屋根付きの建物だ。吹き通しで壁は無いが、大きな屋根が広範囲を覆っており、カーテンのように布を下げて小部屋を作り出すのだ。…表現は悪いが巨大な
第三王子がこの場に居ないのは、彼を初め近衛や政務官などは迎賓館に宿泊するからだ。今頃はそこで街長のもてなしを受けていることだろう。街長と言っても王領の、しかも王都の衛星都市を任されている人間であるため、平民の代官ではなく貴族のはずだ。
街には迎賓館以外にも一般人が営む宿屋などもあるのだが、騎士団がそこに乗り入れてしまうと一般の利用者がパンクしてしまうため、このように町に居ながらここを利用しているのだ。もちろん、貴族であるナナとメルルが居るため、俺らが声を上げれば宿屋を利用することはできるのだろうが、わざわざ別行動をするつもりはない。夜警が必要ないためこの宿泊所でも十分に楽なものだ。
「ハルト。料理は騎士団のほうで纏めて作ってくれるってさ。私たちは自分の寝床を用意するだけでいいって。ああ、場所は向こうを使ってだって。…女性騎士の区画だから、ハルトは気をつけてね」
「…俺は別の場所にお邪魔したほうがいいんじゃないか?妖精の首飾りとしてじゃなくて学生の代表者って括りでの参加だろ?」
学院の代表達だからって全員が仲良しとは限らないのだ。普通に考えれば少なくとも男女別にして扱うべきなのだろうが、面倒だから一括にされてしまったのか。学生としての参加なのだから俺らも迎賓館に案内されても良かったのではと思えてならない。
こちらとしては第三王子と接敵する可能性が無いため、迎賓館に招かれなくて助かったのだが、いささか疑問の残る扱いだ。学院の我侭で突っ込まれた足手纏い達という認識なのだろうか。冷遇されているわけではないが、厚遇されているわけでもないな…。
…騎士団の彼らとしても、学生の引率なんて本来の業務ではないのだ。それこそ、俺らと足並みを揃えてくれるだけでも十分なものか…。食料を初めとした消耗品も彼らの手で用意してくれるのだから文句は言うまい。
「騎士の班分けで宿泊するみたいだから、お邪魔しようにも空いてる所がないんでしょ。…文官の人達なら空いてる場所もあるだろうけど、そこに入れてもらう訳にはいかないだろうしね」
「騎士団に細かな気配りを求めるほうが間違いかもしれませんわね。…文句を言えば個別の場所を案内してくれるとは思いますが、私達としては纏まっているほうが好都合じゃないですか」
「あれだな。ナナとメルルが使用人を引き連れていないから騎士団も二人を貴族令嬢だって思ってないんじゃないか?…それかアデレードさんが俺らが纏まって動けるように手を回したのかもな」
風紀の乱れを感じてしまうが、俺らに割り当てられた場所を見て納得する。四人で使うには結構広々としており、中ほどで分割するように天幕を下げれば男女で部屋を完全に区切ることができる。これならば隣り合っているだけで完全に別の空間にもなる。
初めて触る少しばかり特殊な造りの天幕だが、構造自体は単純なもので周囲の騎士を観察すれば取り付け方法を簡単に知ることができる。ナナとメルルが手早く梁の金具に紐を通すと、それを受け取った俺とタルテがその紐を引いて結んでいく。
やることは普段の野営に使う天幕と変わらないため、俺らは早々に天幕の設営を終える。いつもの野営用の天幕と比べれば、一応は宿泊のための施設であるため中々に上等なものだ。
「あのぉ。こ、この天幕の付け方…教えてくれないですか?」
「はい…?構いませんけど…」
俺らが天幕の設営を終えたタイミングで、隣の区画の女性から声が掛かる。彼女は天幕を胸に抱え、申し訳無さそうに俺らを見つめていた。格好からして騎士団の人間ではない。同行している文官の一人なのだろうか…。…彼女に一人だけの場所を割くなら、俺のためだけに場所を割いてもおかしくは無い。…適当に言ったことだが、本当にアデレードさんが手を回してくれたのかもしれない。
「ごめんなさいぃ。私、天幕を用意するのは初めてでして…」
「ああ、慣れていないと難しいですよね。お手伝いしますよ」
俺らは彼女から天幕を受け取ると、隣の区画の設営を行う。彼女は一人で使うため俺らの設営場所と比べれば簡単なものだ。
「…あの、オルドダナ学院の子ですよね?畑の状態を調査しにきたって言う…。私もそうなんですよ。農政院から調査のために参加しました」
「農政院から…。そういった方々は迎賓館にて宿泊すると思ってましたわ」
「それは私の上司とかお偉いさんだけですよぉ。新米の私なんかは騎士団の方々と一緒なんです。あ、私はペクトゥナって言います。多分、同じ場所で調査することになると思いますのでよろしくお願いしますね」
俺らは設営をしながらも、ペクトゥナさんに返すように自己紹介をする。どうやら彼女は自分と同じ畑の調査を行う俺らにシンパシーを感じているようで、随分と好意的に接してくれる。本来の目的は別にあるのだが、それを知られるわけにはいかない。
「タ、タルテさん。そのぉ、その蔦の混じった髪は、木魔法が使えるってことですよね…!私…!木魔法が使える人と初めて会いました!」
「へ…?は…はい…。つ…使えますよ…!」
タルテの自己紹介を聞いたペクトゥナさんは、詰め寄るようにしてタルテの手を握る。タルテは興奮しているペクトゥナさんに気押されながらも質問に答えた。タルテを見つめるペクトゥナさんはどこかルミエに似た瞳をしている。ルミエの場合は尊敬の眼差しだが、彼女の場合は好奇の目に近いだろうか。農政院の所属なだけあって、木魔法には興味がそそられるのだろう。
…もしかしたら、彼女は警戒するべき人間なのかもしれない。彼女がどれほどの知識を持った人間かは未だに分からないが、下手に豊穣の力を使えばそれを知られる可能性がある。そうなってしまえばタルテの正体まで知られてしまうことだろう。
まるで有名人にあったファンのように興奮するペクトゥナさんが悪い人間だとは思えないが、警戒することに越したことは無いだろう。
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