第445話 馬車は揺れるよどこまでも

◇馬車は揺れるよどこまでも◇


「第三王子は病弱なせいで甘やかされがちで中々表にも出てきません。要するに世間知らずの我侭なクソガキなんですのよ」


 王都を出立した馬車の中で、メルルがここぞとばかりに第三王子の悪態を付く。他人には絶対に聞かせられない言葉だが、幸いにしてこの馬車は俺ら四人に割り当てられたものなので他の者は居ない。馬車の外には騎士団の姿が見えるが、俺が風壁を展開しているためにメルルの言葉が漏れることもない。


 メルルは王家の事情にも詳しいため、彼女は第三王子の置かれた状況をつらつらと語ってゆく。病弱と聞いていたため大人しいタイプを想像していたのだが、実際はまったく大人しくは無く、性根の曲がった神経質なタイプらしい。


 何かと寝込みがちで、元気なときであっても体調を崩すことを危惧されて半ば軟禁状態。それゆえに社会経験が乏しく、彼は実際の年齢以上に子供なのだ。もちろんだからと言ってナナへの暴言を許す気にはなれないが、その育った環境を知ってしまうとあの性格に納得してしまう。


「なんか出立式の挨拶もやる気が無い感じだったよね。…それにしては妙に浮き足立っていたけど」


「第三王子からしてみたら派閥の後ろ盾に嫌々やらされているようなものですからね。…私が調べた限り、彼自身には王位に興味は無いようですので、こういった行事は興味が無いのでしょう」


 寝込むことが多かったから学習も不完全で、王家の者という責任感も低い。だからこそ自分の価値を上げる行脚へのやる気も無いのだろう。彼が出立式で口にしたスピーチはまさに定型文をそのまま読み上げるようなもので、その文章も文官が考えたものだと簡単に推測できた。


 そのせいか、馬車を守る騎士団も少しばかり士気が低い。彼らも第三王子がそうであったように、最低限の仕事をひたすらこなす様に淡々とすごしているのだ。致命的なほど規律が乱れているわけではないが、そのやる気の少なさに旅路の不安を感じてしまう。


「…でも、言ってしまっては憚られますが、少しばかり拗れたお陰で助かりましたわ。第三王子がどう思うかは別として、あのモルガンに王子の馬車にお呼ばれする可能性がありましたので」


「お呼ばれって…、あの豪華な馬車に一緒に乗ろうってお誘いか?」


「ふえ…あの王子の乗る馬車にですか…?…私とハルトさんはお留守番でいいんですよね…?」


 俺までは誘われないだろうが、その状況を想像してしまい辟易とする。今更になって気が付いたが、この行脚に参加するものの中で妖精の首飾りのメンバーだけが第三王子と同年代と言える存在だ。加えて言えばナナもメルルも家格が高く見目麗しいため、馬車で移動する第三王子の無聊を慰めるには丁度良いのだろう。


 …メルルが指摘したように、その為に態々第三王子は俺らの様子を見に来たのだろうか。言葉は悪かったものの、タルテは第三王子に悪意は見られなかったと言っていた。もしかしたら、周りが大人ばかりで寂しくなって俺らに声を掛けに来たかもしれない。


「…向こうから関わってくることは滅多に無いと思っていたのだが、こりゃ少しばかり気をつけないと不味いか?」


 俺は頭を悩ましながら、ガシャガシャと木筒を振る。その中には茶葉とお湯が入っており、傾けてみれば紅茶が中から零れだす。俺は皆が差し出した木製のカップにその紅茶を注いでいった。…この紅茶の入った水筒も、こうやって馬車の中で紅茶を楽しめるように作ったものだ。


 といっても、ナナの火魔法とメルルの水魔法無しではお湯を入れることができない。逆に言ってしまえば、二人が居れば馬車の中で紅茶を楽しめるため、第三王子の関係者が知ろうものならそれを王子の馬車で振舞えと声が掛かることになるだろう。


「流石に移動中に呼び出されることは無いだろうけど…、停留したときには注意が必要かもね。…私はこの火傷痕があるから誘われないと思うけど、メルルは危ないんじゃない?」


「勘弁して欲しいですわね。そもそもゼネルカーナ家は王家の影であるため、特定の王子に肩入れせぬようにしているのです。…本当であれば私の家名を聞いて王子のほうに察して頂きたいのですが、あの王子ですと見込みが薄そうですわね」


 王子に同じ馬車に乗るように誘われれば、断ることは難しいのだろう。無くは無い可能性なのでメルルは心底嫌そうにしている。これが紳士的な王子ならばご一緒しても楽しいのだろうが、相手は気ままで我侭な第三王子だ。十中八九、その馬車の空気は針のむしろだ。


 メルルが眉を顰めながら馬車の窓から前方を覗く。その視線の先には第三王子の馬車があるのだろうが、俺の角度からは良くは見えない。ただ只管に馬車の列が前方に伸びており、それを守るように馬上に乗った騎士が点々と続いている。


「ふぇ…。ナナさんとメルルさんは大変そうですね…」


「まぁ、流石に調査の仕事があるといえば向こうも無理はしてこないでしょ。確か最初の予定地は明日の晩に到着するんだよね?」


「このまま予定通りに進めばな。…流石に王都の近郊で襲撃は無いだろうが、第三王子の体調によっては崩れるかもな。…話を聞く限り、初めての馬車旅なんだろ?」


 メルル曰く、最近は第三王子も比較的健康になったらしいが、初めての遠出ともなれば何が起こるかわからない。あの豪華な馬車なら尻が割れることは無いだろうが、気分が高揚して熱を出すなど子供には良くある話だ。


 身体が弱く、我侭な第三王子。そして第三王子の派閥に関わる不穏な気配。極めつけは向かう先は治安の悪いバグサファ地方だ。そのどこか不安を掻き立てる内情とは真逆に、馬車の並ぶ街道の空は青く澄み渡っていた。


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