儀式的行脚
第440話 国宝の魔剣
◇国宝の魔剣◇
「最近の学生は長期休暇に冒険をするものなのですね。…魔女のお話など初めて耳に致しました」
あの冒険の旅から戻ってきた俺らは、新学期の慌しさも落ち着いたところで、サフェーラ嬢と共にサロンでお茶を会話を楽しんでいた。残念ながら新入生として忙しいルミエは席に居ないが、サフェーラ嬢は興味深げに俺らの話を聞いている。
心配していた浦島太郎現象は起きていなかった。結局、俺らは単に廃村で一夜を過ごしただけで、例の軍馬のこともあり、俺らは多少の余裕を持ってオルドダナ学院の始業式に間に合うことができた。
サフェーラ嬢は俺らの逆さ世界樹から始まる冒険譚を楽しげに聞いているが、学院の噂話として、今一番ホットでナウいのはルミエも関係しているブルフルスの騒動のことだろう。ルミエが忙しいのも、新入生と言うだけでなく、その噂の当事者であるためそれに振り回されているのかもしれない。
なんといってもネルパナニアとの戦端が開きかけたのだ。今でも完全に休止したわけではなく、互いの領境には軍が召集されており、何時先端が開かれても問題ないように準備されている。幸い両軍で睨み合いをしているほどではなく、今はゆっくりと過熱した熱を冷ますように静観を続けている状況らしい。
それもこれも、ブルフルスへの進行を阻止したことが大きいのだろう。もしブルフルスが陥落していたら戦端は完全に開かれ今頃はネルパナニアとの戦争が始まっていたはずだ。
…ちなみにブルフルスの一件が噂されているのは戦争への不安と関心もあるのだが、星が落ちたことも原因の一つだ。流石に王都からは見えなかったらしいが、東部の広範囲で星落しが観測されたらしく、その話を地方から戻ってきた学生が口々に話しているのだ。
「貴方方の活躍を示すのにこのレポートは少しばかり不足があるのではないですか?やはりこういったことは直接聞くのがいいですわね」
「不足があるも何も…それはフィールドワークのレポートですわよ。…そもそも、何でサフェーラが持っているのですか。それは学院に提出したはずですわよ」
サフェーラ嬢は両手の指先を合わせて、机の上に広げられたレポートに視線を落とす。それは俺やタルテが書いた逆さ世界樹の植生や生態系に関するレポートや、メルルやナナの書いた領地経営におけるダンジョンの活用についてのレポートだ。
既に評価は終わって図書館に寄贈された形に成っているのだが、それが何故か彼女の手元にある。…彼女曰く、このレポートを読みながら、その裏側にあった冒険譚を聞くのが楽しみであったらしい。
「あんたたち…ブルフルスに来る前はそんなことしていたのね。…呪われてるんじゃない?」
「お前だって海賊の島にどんぶらこっこしてたんだろ。人のこと言えるのか?」
逆さ世界樹の話を聞いて、イブキが気の毒そうに俺らを見つめるが、彼女だって人の事を言えないはずだ。少なくとも単身で海を渡った彼女よりは俺らのほうがまだマシな冒険のはずだ。…マシな冒険って何だ?
「まぁみんな大変だったみたいだね。私もむしろ学院に戻ってきたほうが体は休まるよ」
「えへへ…意外と多いみたいですよ…。怪我した状態で戻る人も居るので…、医務室から応援の声が掛かってます…」
苦笑いしながらナナとタルテが口を開く。もともとは領地に戻るための長期休暇なのだが、やはり戻らずにちょっと危ない旅行に赴く者達も多いらしい。最も、地方の領地となれば行って戻るだけで休暇の半分近くを消費する。その時間を惜しんで別の所に赴く気持ちも分からなくはない。
「ええ…それで、体を休めているところ申し訳ないのですが…、皆様…このレポートを提出したということは、いくつかの授業が免除されますよね?」
「…なんですの。厄介事はごめんですわよ」
ニコニコと笑みを浮かべながら、サフェーラ嬢が申し訳無さそうな声色で俺らに声を掛ける。その声色と台詞から嫌なことを想像したのか、メルルがしかめっ面でサフェーラ嬢を見つめている。サフェーラ嬢はイブキに視線を投げかけると、彼女は即座に風壁の魔法を展開する。風の振動を断ち切る風壁の魔法は内緒話のサインだ。声が漏れないと分かっていても、誰もが声を潜めてしまう。
厄介事の可能性があるとは分かっていても、聞かない事には始まらない。彼女の声を無視できるほど、俺らの好奇心は大人じゃない。
「一月ほど先になりますが…とある公務が予定されております。できれば皆様に協力をして頂きたいのです。…そしてこれは私的なお願いではなく…国府からの依頼となります」
即座に好奇心を持ったことを後悔する。俺とナナはメルルと同じように苦虫を噛み潰したような表情を作り出す。融通の利く私的な依頼ならともかく、国府からの依頼とも成れば面倒を通り越して厄介だ。
その依頼の重要さを示すように、サフェーラ嬢も普段の母性的な笑みが消え、真面目な表情を俺らに向けている。その様子に俺は背中に冷や汗が流れるのを感じる。…国府の役人ではなく、サフェーラ嬢を通じて国府の依頼が来るのは不自然に感じるが、彼女の表情を見る限り冗談では無さそうだ。
「…それで、その公務というのは?」
「メルルなら聞いたことがありますでしょう?王家の地方巡業の一つである豊穣祈願の行脚です。…この行脚では宝物庫から最も価値ある魔剣の一つが持ち出されるのです」
「その魔剣の警護…って訳じゃないよね?そんな物は軍や騎士団の範疇だろうし…。もしかして、影武者…?」
サフェーラ嬢の言葉に思わずナナが言葉を挟むが、即座に自分の発言を撤回する。そもそも、国府から俺らに依頼が来るのがおかしいのだ。狩人の協力が必要な任務だとしても、国府からの依頼とも成れば魔銀級や魔金級の狩人が指名されるはずだ。
だからこそナナは影武者の依頼だと考えたのだろう。その行脚を王子や王女が行うならば、影武者には若くて戦闘能力がある者が要求される。…だが、影武者ぐらい既に居そうなものだ。それに、突発的に影武者が必要となったのならまだしも、恒例の行事であるため尚更だ。
「いえ、魔剣の警護ではなく、もちろん影武者でもございません。…あなた方にお願いしたいのは、魔剣の代わりを果たして頂きたいのです」
「…!?豊穣祈願の行脚で使う魔剣とは…あの魔剣ですか…。…サフェーラ。確かにあれはこの国を支える重要な宝物ですが…魔剣と言うには…」
メルルが何かに気が付くと呆れた表情を作り出す。魔剣の代わりという依頼も首を傾げてしまうが、豊穣祈願に魔剣が必要ということも気になってしまう。さっき押し殺したはずの好奇心が再び息を吹き返してしまう。
「確かに魔剣と表現するには無理がありますが…、目録では魔剣に分類されています…。手に持つ刃物には変わりありませんから…」
「で…、その魔剣ってのは…?」
なにやら特殊な魔剣らしい。宝物庫に収められる魔剣の中でも、最も価値あるうちの一つと聞いてどうにも気になってしまう。
「…
「…鍬?」
想像以上に特殊な魔剣が出てきて、俺はつい間抜けな台詞を口にしてしまう。メルルは知っていたからか苦い顔のままであったが、俺やナナ、タルテは呆けたようにサフェーラ嬢を見つめてしまった。
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