第437話 星のように蛍のように

◇星のように蛍のように◇


「最後は…この世界そのものが相手と言うわけですか…」


 童話や伝承を顕現させる魔女が、最後に顕現したのは自分自身。願いを適えると噂され、道行く人々の間で密やかに語られる眠りの森の魔女。その正体はこの幻影の箱庭であり、小さな少女が夢見たささやかな世界だ。


 世界を維持するために力を割いているから勝ち目があると踏んだが、今はその世界そのものが魔女を形作り俺らの前に立ちふさがる。濃い霧と戯れるように浮かぶ魔女は、身体の所々が霧に変わり、世界との境界が曖昧になってゆく。


「わわわっ…!?き、霧が迫ってきますぅ!」


「ルミエさん…!こっちです…!逃げますよ…!」


 背後からルミエの悲鳴が聞こえたと思えば、タルテとルミエが俺らの方へと駆け込むように逃げてくる。崩壊し始める世界の波はその速度を増し、随分と小さくなった世界が俺達を取り囲む。


「ちょっと!ぼさっとしてないで協力しなさい!押し返すわよ!」


「んな無茶苦茶な。力押しでどうにかなるもんなのか!?」


 イブキに急かされながら、俺は風の結界を広範囲に展開する。この世界の土台は魔女の作り出したもの成れど、この風の届く範囲は俺の世界だ。イブキの風と俺の風が崩壊する世界を押し留めようと渦巻いて広がってゆく。


地面したは任して下さい…!私が崩壊を食い止めます…!」


「タルテ、頼みましたわよ。ルミエはこっちに来なさい」


 俺とイブキが結界を張ったのを見て、タルテも即座に地面に手を当てて自身の掌握する領域を広げる。タルテが魔法に注力する代わりに、今度はメルルがルミエを守るように立ちはだかった。世界の崩壊を押しとどめるなど簡単なことではないが、それでも効果はあるようで、俺らと魔女を取り囲むようにして崩壊の波が押し留まる。


 そんな俺らの様子を一瞥して、ナナが先頭になって魔女に向き合う。魔女はそんなナナの様子を見て嬉しそうに笑っている。


「…随分と寂しい世界になってしまいましたわね。早めに決着をつける必要がありますわ」


「私の火魔法が効くみたいだから…少し離れていてね。近いと巻き込んじゃうから」


 長閑とは言いがたかったが、森や畑、素朴な家屋があった村の風景は今はもう無い。周囲は解けた霧に覆われ、地面も深く灰が積もっている。色を失った世界は寂しげで、見ているだけで孤独な感傷を呼び起こしてくる。


 …もう、世界が終わるまで幾ばくもない。言葉にすることは無いが周囲の状況が如実にそれを物語っているのだ。…それは同時に魔女との決着が直ぐにでもつくことを暗示している。


「ねぇ、ほら燃やしてみなさいよ。あなたの炎にはそれができるんでしょう?」


「…楽しそうだね。燃やされて…君はそれで構わないのかな?」


 挑発するように炎を求める魔女にナナは訝しげに言葉を投げかけた。だが、魔女はその言葉に答えることはなく、霧を引き連れてナナへと距離をつめる。終わりかけた世界を引きつれ、炎を纏うナナへと魔女が接触する。


 滑るように距離をつめてきた魔女に、ナナは火を宿した波刃剣フランベルジュを振るう。しかし、霧へと変質した魔女の身体は、すり抜けるようにして剣をかわしてしまう。今までの幻影と同様に効果的のようだが、すぐさま世界から霧が補充されるため、焼き切るためには火力が足りていないようだ。


「駄目だよ。駄目駄目。ただの火じゃなくて巨人の火じゃなければ焼けないよ」


「駄目。駄目。駄目だの。それは魔女には通じない」


「早く、早く開放してくれよ」


 魔女は嘲笑うようにその身を翻し、彼女の変わりに霧の中で蠢く村人の幻影が口を開く。その言葉を聞いてナナは思わず眉を顰めた。


「…なに?巨人の火って…。単なる火魔法とは違うってこと?」


 ナナはチラリと俺の方を見るが、俺も通常の火魔法と巨人の火魔法の違いなんて知らない。そもそも俺だってハーフリングの風魔法と単なる風魔法の違いを完全に把握しているわけじゃないのだ。…強いて言えばハーフリングは風に感覚を乗せると言われているが、巨人族は炎に感覚を乗せているという話は聞いたこともない。


 その間にも魔女は霧でナナを包み込むように攻める。ナナはそれを炎で消し飛ばすが、村人の姿をとった霧は次々と沸いて出るために牽制にしかならない。渦巻く炎が霧を寄せ付けない結界として広がるが、それでも僅かな隙間から外に広がった霧がナナに向かって流入してくる。


「あら?身を守ることはできてるのね?…後はその火種を広げるだけなのに…」


 魔女はナナの様子を見て不思議そうに首を傾げる。ナナに殺到した霧は彼女の身に縋るように集まるが、幻は幻らしく容易く焼失せしてめたのだ。霧の幻を焼いたのはナナが身体に纏っている陽炎のような炎だ。


 生命極限活性化オーバーリジェネーション…。その肉体に宿る炎を活性化させて肉体性能と回復力を上昇させる魔法だ。その魔法の力は身体に押し留めるには余りにも強力で、あふれ出た炎がヴェールのようにナナを覆っている。


 副産物にしか過ぎないその炎は、攻撃のために放った火魔法と比べれば、随分と弱弱しく見えるが、集まってきた霧を容易く焼失させてゆく。


「…この火種を…広げる?…この火は…生命の炎…」


 魔女の言葉に諭されたからか、ナナは指先で自分の顔の火傷の痕をなぞる。すると、灯るように…それでいて湧き出すように火傷痕から炎が吹き出た。生命極限活性化オーバーリジェネーションの副産物である炎とは違い、力強い紅蓮の炎。


 それは、彼女の内に眠る炎がその身を焼いた再現でもあり、留めていた力の解放でもある。顔の半分を炎に焼かれても苦しむ様子は無く、それどころか炎の中には鋭い彼女の眼光が灯っている。


「そうよ!その炎!世界を焼く巨人の炎!…今!伝承はここで現実となるの!」


 魔女は歓喜し嬉しそうに言葉を紡ぐ。自分の世界を焼く炎が顕現したというのに、恐れる素振りも怖がる様子も無い。今がこの舞台のクライマックスだと言いたげに彼女はその身に全ての霧を集め始めた。


 どこか享楽的な魔女の様子に驚きながらも、ナナの炎は陰る兆しも無い。炎は揺れる幻影のようなもの成れど、そこに宿る熱は幻などではない。まるで幻に血肉を与えたるかのように、ナナの炎は世界に熱を込め始めた。


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