第436話 最後の御伽噺

◇最後の御伽噺◇


「ナナ!こっちに少し火を分けてくれ!逃げ足が速いから攻め切れない!」


 俺は宙を舞いながらナナに声を飛ばす。その間にも首狩り姫は宙を蹴って俺に迫り、異様な速度で剣を振るってくる。無言で淡々と剣を振るう様は、寡黙な暗殺者…あるいは心を知らない殺戮人形のようだ。


 剣術は父さんの足元にも及ばないのだが、やたらに早い攻撃速度と宙を自在に跳ねる機動力のせいで、俺の剣は首狩り姫の命に届かせられないでいる。特に異様な機動力が厄介だ。こちらが仕掛けようにもそれを上回る速度で離脱していくため、攻撃の機会は奴が俺に切りかかってくる瞬間しか存在しない。


 すれ違うほんの一瞬の間に互いに剣を交えて即座の離脱。そして方向を変えて再び空中でぶつかり合う。まるでその様子は騎馬戦の一騎打ちにも似ている。


 だが、仕掛けるタイミングを向こうに握られているのは好ましくない。それにこちらが深く攻めようとしても、容易く間合いから逃げられ仕切りなおされてしまう。だからこそ俺はナナに向かって火を求める声を掛けたのだ。


「いつもの火球でいいんだね!?」


「ああ!少しばかり多くても構わないぞ!」


 ナナから俺らの方向に火球が飛んでくる。魔法の制御と言う意味ではコントロールが巧みなのに、制球力という点では相変わらずノーコンだ。俺は宙に散らばった火球を風に乗せることで回収していく。


 まるで衛星のように複数の火球が俺の周りを周回する。今までは息をつかせる暇も無く攻めて来ていた首狩り姫が、警戒するように宙で足を止めた。


「わぁ!?何それ!そんな魔法もあるの!?」


 俺の姿を見て魔女が感激するような声を上げる。確かに炎珠纏うバルハルトスタイルは攻守に秀でた実用的な戦法でありながら、見た目も神秘的なので宴会芸としても格別なのだ。


 緋色の線を宙に描きながら俺は剣を左右に構える。やはり俺の剣は魔剣に向けて進化している。形がごつくなっただけではなく、俺の魔力はもちろん、ナナの魔力にも共鳴するようにして力を宿すのだ。


 火魔法の概念が燃焼、変質、侵食であるならば、風魔法の概念は指向、拡散、増幅だ。その二つが交じり合い、一体となった力が剣に宿っている。剣を降って魔力を込めると、爆発的な風を生み出した。


「これで速度は互角。遅延行為はできねぇぞ…」


 急激に挙動が変わったからか、あるいは単純に俺の動きが首狩り姫の限界を上回ったからか、今までは追いつけていなかった首狩り姫に肉薄した。首狩り姫は焦る様子は無く、淡々と俺を対処しようと動く。


 だが…、ほんの僅かだが…、紛い物の霧の幻影に過ぎない首狩り姫は、俺の纏った炎を恐れている。それは炎が弱点と知っている俺の思い込みなのかもしれないが…、能面のように無表情な首狩り姫の表情が、俺には歪んで見えたのだ。


 跳ねるように後方に飛んで逃げた首狩り姫は、手を胸元で交差する。次の瞬間には首狩り姫の周囲に複数のナイフが生成され、彼女…彼?が腕を振るうと同時に、礫のようにして俺に降り注ぐ。


「やっぱり人形だな。風魔法使いにそんな攻撃通るかよ…!」


 剣を振るえば風が吹き、容易くナイフの起動が逸れる。俺は速度を落とすことなく、飛び退いた首狩り姫に向けて追いすがる。速度差が埋まってしまえば、奴は俺から逃げ切ることができない。それどころか、炎珠を纏った俺には遠距離攻撃手段も備わっているのだ。


 宙を逃げる首狩り姫を、俺から放たれた炎の誘導弾が襲う。今までは空中を自在に舞っていた首狩り姫だが、既にここは奴の統べる空ではない。堪らずに逃げた先は俺の間合いだ。先ほどよりも歪んで見える首狩り姫の顔が、俺の剣へと注がれている。


「言っちゃ悪いが父さんからは皆伝を貰ってるんだ。いまさら偽物なんかで相手になるかよ」


 攻撃的な形状に変質した俺の剣は、見ようによっては龍の顎にも似ている。右手の剣が上顎で、左手の剣が下顎だ。その二本の剣が、それこそ龍が噛み付くように首狩り姫の首に向かって上下から切り結んだ。


「嘘…私の英雄が…」


 宙を舞う様に飛び回っていた首狩り姫だが、今度はその首だけが宙を舞う。その放物線に魔女の視線が注がれると同時に、宙を突き進んでいた炎珠が殺到する。開放された炎は、一切合財を焼き尽くし、それでも足りぬと地上に向かって火の雨を降らせる。


 火の雨はちょっとした火傷を作る程度の些細なものでしかないのだが、コボルト兵団は油でも身に纏っているのではないかという具合に恐れ戦いている。その隙を見逃すことなく、ナナ達は一気に戦線を押し広げる。


「おかえり、ハルト。こうなれば思う存分燃やせるね。…あれ、少し焦げてる?」


「上昇気流に乗ってたからな。…結構熱いんだぞ」


 俺はナナの近場に降り立つと、彼女の炎を後押しするように風を吹かせてゆく。機動力に優れた首狩り姫が居なくなってしまえば、俺らの前方に聳える火の壁を越えられる者は居ない。唯一、空を飛べるワイバーンが気がかりだが、そのワイバーンはイブキの連射するボルトを防ぐために魔女の元に釘付けとなっている。


 炎に飲まれた者達は霧へと戻ることなく、その場で消滅してゆく。そして拡大する戦火は、とうとう魔女の元へと到達する。英雄が討ち取られたことに呆けていた魔女だが、その火がワイバーンを焦がし、熱を感じる距離に至って漸く現実を直視したように俺らと視線を合わせた。


「…世界が燃えてる。メルニアの…夢の世界が…燃えてしまう…」


 俺らに言っているのか、それとも独り言なのかは分からないが、魔女はブツブツと呟きながら周囲を見渡した。彼女の言うとおり、朝霧に満ちていた世界に火の手が回り、今は周囲を緋色に染めている。


 彼女の周囲で渦巻いていた霧も、気付けば大分小さくなってしまっている。それでも、僅かに残った霧が彼女に寄り添うように集まり始めた。魔女は何も語っていないのに、その霧は蠢くように姿を変える。


 蠢く霧の中に居るのは、この世界に囚われた村人達だ。まるで亡者のように彼らはその手を伸ばして魔女へと縋っている。


「…みんなが聞いた話。例えそれが身に余る欲望だとしても、彼女は一つだけ願いを叶えてくれる。…眠りの森の魔女、メルニア」


 その言葉と共に、縋りついていた霧が膨れ上がり、魔女の全てを飲み込んだ。


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