第434話 彼女のお気に入りの英雄

◇彼女のお気に入りの英雄◇


「弱点が無い?…やはりオバちゃんは最強生物なのか…」


 オバちゃんというよりはお婆ちゃんという風貌だが、歳を感じさせない健脚は瞬く間に俺らとの距離をつめる。荒地の老婆というよりはターボババアやジェットババアと囁かれても可笑しくは無い。その老婆の手には異様に大きな出刃包丁が握られており、突撃するようにしてメルルに向かって突きを放つ。


 メルルは余裕を持って盾でその突きを往なすが、追撃をしようともそのまま老婆は走り去っていってしまう。そして老婆は踵を返すと今度はナナに目をつけたのか、彼女に向かって同じように突進突きを放つ。


「…なんか、女の子ばっかり狙ってこない?ハルトには目もくれないよ」


「あのあの…確か狙っていたのは女性の生き胆だった気が…。ごめんなさい私もそこまで詳しくないんです」


 比較的離れていた場所にいたのに狙われたナナが、老婆を相手取りながらそう呟いた。解説のルミエ曰く、老婆には女性を狙う習性があるらしい。老婆を彼女達に任せて、フリーになった俺は魔女を相手取ろうと向き直るが、どうやら魔女は素直に相手取るつもりは無いらしい。


 霧が集まり魔女の元に集っている。また話を紡ぎ、新たな登場人物を招こうとしているのだ。魔女は戯れるように宙を漂い、楽しげにその口を開いた。


「アンお婆ちゃんに聞いた話…悪い子連れ去る邪悪な妖精!ブギーマン!」


「ブギーマン?…それは童話じゃないぞ?その妖精は実在する」


「え?本当に居るの?…凄い!凄い!じゃぁ私のブギーマンで答え合わせしてよ!」


 ボロ布を被った大男が霧の中から抜け出てくる。大男でありながら身体は痩せ細っており、萎びた指は異様に長く、鋭い爪が備わっている。肩にはまるでサンタクロースのような大袋を担いでおり、フードの中では怪しく光る瞳が俺を見つめていた。


 霧で構成されているため身体は白く透けているのだが、不思議と黒い男と認識してしまう。ブギーマンは驚くべきほど身軽な足取りで揺れるように俺に迫ってきた。


「おいおい!袋の男トルバランと混じってるぞ!…第一、何で襲って来るんだよ!?俺は良い子だから狙われないはずだぞ!」


「知らないよ。私の聞いたブギーマンはこれなの。…それに良い子ならメルニアのお兄ちゃんになってくれるはずでしょ?」


 ブギーマンは悪い子供を攫っていく妖精だ。非常に珍しいため少しばかり観察できることを期待したのだが、出てきた姿は記録とは大きく異なっていた。しかもなぜか積極的に俺を攻めてくるのだ。小さな頃は近所のアイドルであった俺にはブギーマンの標的になる謂れは無いはずだ。…やはり所詮は魔女の作り物か。


 俺は伸びてきたブギーマンの手を斬り飛ばすが、剣はその身体をすり抜けてしまう。霧で構成されているからとも思ったが、先ほどの子山羊は剣で殺すことができたのだ。…恐らくはブギーマンの非物質的な特性を兼ねているのだ。


「水魔法がまったく通りませんわ!これは霧に見えて霧ではありません!」


「どうしようか…。霧じゃないなら火魔法で蒸発もできないかな?」


「いや、村長には火魔法の効果があったんだ。試しに焼いてみてくれ」


 老婆と大男を相手取りながら、俺らは言葉を交わす。霧でないのなら火魔法の効果は薄いように思えるが、村長はナナの火に照らされることで正気を取り戻したという前例がある。火の延焼という概念が、この世界を構築する魔法を侵食したのだろうか…?


 ナナが波刃剣フランベルジュを振りぬくと、その延長線上に炎の壁が吹き上がる。その炎に飲まれて、老婆も大男も霧散するように掻き消えた。


「やっぱり。やっぱりそれは巨人の炎なのね。酷く微かだけれども、滅んだ世界を焼いた始まりの炎!村長のお話は本当だった!」


「弱点は…火魔法というより…巨人の炎?」


 召還した老婆と大男が消え去ったというのに、魔女は感動するように喜んでみせた。実際の姿に対してやたらと大人びていた彼女だが、無邪気に喜ぶ様子は童心に返っているようにも見える。


 ブギーマンに他の妖精である袋の男トルバランが混じっていたことから判断するに、魔女の魔法は彼女の認識で構成されている。メルニアは村長とやらに創世記を聞かされていたのだろう。その認識によってナナの火魔法が魔女に対する弱点として成り立っているのだ。


「でもね。でもね。夢はこれだけでは終わらないよ。果て無く巡り…!際限が無いのが夢なのだから!これを止めたければ世界ごと焼いてみるんだね」


「何言ってるの。夢は何時かは覚めるものでしょ?こっちは旅の途中なんだから、あまり朝寝坊するわけにはいかないよ」


 ナナを宿敵と見定めたからか、魔女は彼女に対して見得を切ってみせる。それを受けて、ナナも相対するようにして魔女に向かって剣を構えてみせた。まるで演劇のワンシーンを再現するような振る舞いだが、どちらも真剣な眼差しで互いを見据えている。


「沸いて溢れて地に満ちろ!シュティルツヒェン英雄譚のコボルト兵団!」


 霧が地を舐めるように広がったかと思えば、そこから犬に似た頭部を持つ小人が大量に出現し始めた。その数は余りのも多く、ナナが火球の魔法で牽制するが全てを焼き払うことはできない。


「死は空からやってくる!誰もがその影からは逃げられない!ガレニア山のワイバーン!」


 続いて彼女が召還したのは、記録的な被害を齎したワイバーンだ。その被害の大きさから広く認知された事件であるため、旅人か村の誰かから聞いたことがあるのだろう。


「そしてこれはとっておきだよ!その美貌に誰もが首ったけ!ネルカトルの首狩り姫!」


 その言葉と共に、ドレスを着た少女が舞い踊るようにして姿を現す。その外見はまさにお姫様と評するべき格好だが、両手にはその姿に不釣合いな大振りのナイフが握られている。


 …その容姿は実物とは異なるものの、魔女の言い放った言葉が俺の防御を貫通して精神に直接的なダメージを蓄積させた。イブキもその二つ名を知っていたようで、感情を殺したような目で首狩り姫を見つめていた。


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