第433話 彼女の聞いた物語

◇彼女の聞いた物語◇


「やっぱり、やっぱりそうなのね。聞いてた通り、狩人は苦難を前に立ち向かうものなのね。…それなら、私は退治される悪い魔女かしら?」


 メルニアは剣に手を伸ばした俺らを見て、警戒するどころか楽しげに微笑んだ。まるで憧れのブロードウェイに立った役者の如く、くるくるとその場で回転し始める。彼女の動きに合わせて霧が従うように纏わり付き、彼女の衣装を別のものへと変える。


 ゴシック調のナイトドレスのような服にローブ、そして鍔の広い三角帽子。霧で作られたからか黒ではなく白色の衣装であるが、まさに魔女らしい装いだ。そして彼女は何も無い空中に腰掛けるようにして浮かび、宙を漂いながら俺らに対峙する。


「…ハルト。やるつもり?」


「やるしかないだろ。向こうもこの世界を維持することに力を割いているんだ。勝ち目が無いわけじゃない」


「ようするに…、魔法を維持できなくなるくらい痛めつけて、魔法を解いてもらうわけですわね」


 魔法が崩壊するのと、魔法を解くのは別物だ。少なくとも、このまま崩壊に巻き込まれるよりは力尽くで魔法を解かせたほうがまだ安全に俺らも解放されるはずだ。なにより、この世界の出口があるとするならば、それは霧の壁ではなく魔女の元にあるはずだ。


 …それに、魔女といっても目の前の存在は随分とイレギュラーな存在だ。魔法使いがその才能を極限まで高めて至ったのではなく、メルニアの精神的な不安定さが精神を分離させ、その過程で生まれたために戦う術を知らない筈だ。付け入る隙は十分にあるはずだ。


「ね、ね、ね。戦いましょう。早く戦いましょうよ。…ああ、なんだか凄く楽しいわ」


 血の気が多いようには見えないが、魔女は随分積極的に戦おうと俺らを誘う。その楽しげな様子は魔女と言うより見た目どおりの幼い少女そのものだ。だが、だからといって油断できる相手ではない。俺らは受けてたつように武器を手に取り、彼女に向けて構えてみせた。


「私は…ルミエさんの護衛に回りますね…!…ルミエさん…!私から絶対に離れないで…!」


「は、はいぃ!よろしくお願いします!」


「あら、そちらの子は戦わないのですか?…構いませんよ。こういうのは無理に襲わないのが様式美なのでしょ?」


 ルミエは数歩後ろに下がり、それをタルテが守るように間に立つ。護衛対象である彼女は俺らの弱点ではあるのだが、魔女はそこを突くようなマネはしないらしい。口ぶりからして魔女とそれに挑む狩人というシチュエーションに拘っているようだ。


「それじゃ、それじゃもういいわよね?…ええと、えっと…『良くここまで辿り着いたわね。助かりたければ、この眠りの森の魔女メルニアを倒してごらんなさい』」


 台詞を読み上げるが如く、魔女は楽しげに言葉を紡ぐ。まるでごっこ遊びだが、その力量は謡われる物として不足は無い。


「村長に聞いたお話…一人で留守番できるかな?狼と七匹の子山羊!」


 魔女がそう言葉を紡ぐと、背後の霧が変化して言葉通り七匹の子山羊と狼が姿を現す。しかし、それは本物の子山羊や狼の姿と異なっており、目は異様に大きく当たり前のように二足歩行をしている。そのコミカルな造形はまるで絵本の中から飛び出してきたような様相だ。


「オカアサンだよ!オカアサンだよ!」


 狼は不似合いな甲高い声で叫びながら子羊を追いかける。子山羊達は俺らに襲い掛かるというよりは、まるで狼から逃げるように俺らへと駆け寄ってくる。霧から変化したからかその姿は半透明で危険には思えないが、こちらに飛び掛ってきたものだから、俺は反射的に子山羊に向けて剣を振るった。


「あ…!?駄目ですぅ!子山羊を殺しちゃ駄目です!」


「は?」


 俺が剣を振るうと同時に、タルテに守られていたルミエが叫ぶ。しかし、止めるには少しばかり遅く、既に俺の剣は子山羊の一匹を断ち切っていた。斬り飛ばされた子山羊は即座に霧に戻り霧散する。しかし、それと同時に俺の足元で霧が集まって新たな登場人物を形作る。


 俺の足元に生成された大鋏を持った母山羊。その大鋏は俺の胴体を断ち切るべく金属音を鳴らしながら勢い良く閉じられた。


「何だよこれ!?」


 俺は即座に身を翻すが、鋭利な刃先が俺を掠める。大した傷ではないのだが…それよりも斬られた瞬間に俺の身体は不自然に重くなった。決して動けないほどではないのだが、気のせいでは説明できないほどの加重だ。


「狼と七匹の子山羊は、母親に化けた狼が子山羊を食べるお話です!子山羊を食べた狼は…母山羊に鋏で腹を割かれて子山羊の変わりに石を詰め込まれるのです!」


 何が起きたのか把握できない俺にルミエの解説が飛ぶ。まさかとは思うが、彼女の言葉を裏付けることが俺の身に降りかかっている。


「面倒ね。童話に則った効果を私達にも波及させるのかしら…。ほら、邪魔だからさっさと食べてしまいなさい」


「オカアサンだよ!」


 イブキは周囲を駆け回る子山羊を掴むと、狼に向かって投げ飛ばす。狼はその子山羊を空中で咥えると、噛まずに丸呑みしてしまった。ナナもメルルも子山羊を殺さずに狼に向かって誘導する。そして残りの子山羊を全て食べさせると、狼の背後に母山羊が出現し、狼の胴体を断ち切ってしまった。


「あら、もう終わってしまったわね。それじゃぁ…次はなんにしましょう…。そうね…アンお婆ちゃんに聞いたお話!旅人殺す乳母の愛!荒地の老婆!」


 ようやく子山羊の処理が終わったと思ったら、即座に魔女は次の話を口にする。再び霧が集まり新たな登場人物を形どる。


「ルミエちゃん!荒地の老婆って知ってる!?今度はどんな話!?」


 先ほどの様子から、ルミエが寓話に詳しいと睨んだナナが声を飛ばす。生憎、他の皆はそんな話を聞いたことがないため、必然的にルミエへと視線が集まる。


「ええと…えっと…、荒地の老婆は仕えているお姫様の病気を治すために人の肝を集める話で…」


 ルミエが記憶を探るようにして荒地の老婆の話を思い出す。


「最後には…間違って我が子を殺してしまうバッドエンドのお話なので…そのぉ…弱点はありません…」


 青い顔をしてルミエはそう呟いた。そしてそれと同時に、醜悪な見た目の老婆が歳を感じさせない動きで俺らにへと迫ってきた。


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