第430話 魔女に縋る者
◇魔女に縋る者◇
「……。…さぁ。村のどこかに居るのでしょう」
たっぷりの時間を掛けてから、村長はその口を開いた。長い沈黙を守っていた割には村長の答えはそっけなく、それが却って疑惑を濃厚にさせる。明らかに何かを隠しているような反応に俺らは慎重に村長の出方を窺うが、待っていても続きを語る様子は無い。
俺の感じていた違和感はメルニアの存在だ。幼子でしかも孤児である彼女の存在がこの村ではどうにも浮いている存在に思えてならないのだ。
「…この家には居ないわよ。呼吸が聞こえるのはこの部屋に居る者達だけ」
風で周囲を探っていたイブキが、村長の言葉の裏付けを皆に伝える。しかし、皆の注目は姿の見えないメルニアよりも態度を変えた村長に注がれている。
「もう一人のアンタは、メルニアは病気で両親を亡くしたから引き取ったと言っていたよ。…だけど、この村が寄せ集めの者達の村なら、両親を亡くしたっていうのは何時の話になるんだろうな。村長は知っているか?」
「………」
村長は俺の言葉を聞いても、俯くだけで答えはしない。俺が唐突にメルニアのことを話題に上げたためナナ達も驚いているようだが、村長の反応が異様なために、今は黙って見守ってくれている。
「さっきの話を聞く限りじゃ村に囚われた者は死なないんだろう?だとすると両親が死んだのは村に来る前か?…けど、両親を亡くした少女は…願いの叶う村に来て、いったい何を願ったんだろうな?」
「………」
願いが叶う村に居ながら孤児というのも素直に納得が出来ない。彼女の両親との関係性がどんなものであったのかは分からないが、両親が病死したのであれば、親を求めるのが自然な成り行きに思える。それに、孤児の彼女がどうやってこの村に辿り着いたのかも謎だ。峠の頂上近くにある村だけあって、近隣の村からはかなりの距離がある。とてもじゃないが幼子が歩いて辿り着ける距離ではない。
もちろんメルニアも両親を願って、先ほど会った男のように人ではない何かを引き連れており、表の村ではそれが反映していない可能性もある。他にも両親と共にこの村に訪れ彼女だけが囚われてしまい、それを病死と偽っている可能性もあるが、それを確かめるために俺は彼女の居場所を村長に尋ねたのだ。
しかし、それよりも早く確証を得ることができた。少なくともメルニアは単なる少女ではない。そうでなければ村長の反応を説明することができない。
「なあ…魔女の正体はメルニアなのか…?」
「………」
「どうやら答えてはくれないようですわね。それとも、その沈黙こそが答えなのでしょうか…?」
メルルが鋭い目付きで村長を見つめるが、村長は微動だにしない。まるで置物のようになってしまった村長だが、変化は別の場所から現れた。索敵のために周囲に張っていた風の領域が、押し込められるように狭まってきたのだ。
真っ先に反応したイブキが、入ってきた扉に向かって魔弩を打ち抜く。特殊なボルトを使用したのか、その弾丸は貫通するのではなく衝撃を余すことなく扉に伝える。その結果、まるで蹴破るように家の入り口を吹き飛ばした。
扉が吹き飛ばされたことで外の光景が俺らの目にも映る。小高い場所に位置する村長の邸宅からは、朝霧に阻まれながらも村の様子を見て取ることができる。
「…なにあれ。霧の壁が迫ってきている?」
外を見つめながらナナがぼそりと呟く。朝霧は村全体に広がっているが、先が見通せないほど濃いわけではない。まるでミルクを溶かしたかのように濃厚なのは村の外に広がっていた朝霧の壁だ。その霧の壁が既に村の一部を飲み込むように迫ってきているのだ。
まるでオンライン対戦型ゲームのフィールド縮小ギミックだ。時間制限なのか…俺が質問したことがトリガーとなったのか…。何が原因かは分からないが、俺らを焦らすように朝霧はその色を濃くしている。
「…私はね。実を言うと初めの村人なのですよ」
ポツリと、今まで黙っていた村長が小さく呟いた。
「そう。そう。一つだけ嘘がありました。死病に冒された私は、魔女に縋ってここに来たわけではありません…。薬を求めて旅を続けてはいましたが…、たまたま訪れたこの森で魔女に出会い…、そして縋ってしまった…」
今まで黙秘していたのが嘘のように、村長は滔々と語り始める。その様子はまるで自分の罪を自白するような、どこか懺悔のようにも見えた。
顔は俯いているがその瞳ははっきりと開かれており、双眸が囲炉裏の火に照らされて輝きを反射する。それによって瞳の奥底に光が灯り、今までは死人のようであった瞳に意思が宿ったようにも見えた。
「ああ。ああ。そうです。縋ってしまった。私の死病を治してくれと…、夢の一員に入れてくれと…。だからこそ、魔女は人を引き込むことを覚えてしまった。眠りの森の…夢見の少女を…私が魔女にしてしまった…」
俯いていた村長がゆっくりとこちらに顔を向ける。罪を告白した村長は縋るように俺らを見つめ、ゆっくりと震える手を伸ばす。しかし、その手が俺らのところまで届くことは無かった。
「ちょ、ちょっと…!何が起きてるのよ…!?」
ドロリと…、村長の瞳が溶けた。溶けた瞳は白濁した液体になったかと思えば、宙にほどけるようにして霧へと変わる。眼窩からは絶えず白濁した霧が立ち上り、大きく開いた口からも煙のように霧が湧き出した。
俺らは飛び退くようにして屋敷の外に出る。湧き出した霧は俺らの後を追うことはないが、それでもその量を増し、屋敷の中に充満する。それどころか、建物すらも解けるように霧へと変わっていった。
「イブキ…。あの霧が何か探れるか?」
「アンタが無理なら私も無理よ!こっちの魔法を一切受け付けないじゃない!」
本物の霧は空気を孕むのもなので、俺らの魔法で干渉することができる。しかし目の前に渦巻く白濁した霧は、抵抗されるどころか一切の魔法的干渉を跳ね除けている。…それはつまり、目の前に広がるのは霧に見えるだけのまったく別の事象なのか…、あるいは俺らを遥かに凌ぐほどの力量で霧を支配しているに他ならない。
ぬるりと、風も無いのに霧が蠢いた。そして明らかに村長ではない小さな人影が、その霧の中からゆっくりと俺らの元に近付いてきた。
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