第429話 寄せ集め共の村

◇寄せ集め共の村◇


「見えましたわ…。あれが村長の家ですわ。中に居てくれていると良いのですが…」


 メルルの案内の元、俺らは村長の邸宅の前に辿り着く。朝霧が無ければ村を一望できるような高台の上にそれは佇んでおり、比較的豪勢な造りの邸宅は田舎の農村でありながら歴史を感じさせてくれる。


 それこそ、豪農の邸宅といっても良いほどに屋敷は大きく、荘厳な造りだ。周囲に他の村人の姿はなく、朝霧だけが遠巻きに周囲を囲っている。


「村長にはまず何を聞こうか…。ここから脱出できる方法を知っているなら、最初に話してくれているはずだよね」


「…そうだな。いくつか気になることがある。まずはそれを聞いてみるつもりだ」


 村の様子を観察しながらここまで来たが、どうにも違和感があるのだ。もちろん、狂気を孕んだ村の様子は違和感だらけなのだが、その中でも特に説明が付かないことがあるのだ。…魔女の噂がどこまで本当かは分からないが、ここは魔女の魔法で囚われた者達の村だ。


 この村に迷い込んで、余計な願いを適えてしまうと囚われてしまう。魔女の噂を知らず素直に欲望に従ってしまったり、あるいは村人に襲われて願わざるを得なかったり、料理を口にしてしまったり…。とにかく、この村は寄せ集めの者達で構成されているのだ。だが、それだけでは説明の付かないことが俺の違和感に繋がっている。


「おや…。おや…。皆様御揃いで。どうやらまだ無事のようですね。どうです?魔女は見つかりましたか?」


「…村長。少し話をさせてもらっていいですかね」


 遠慮なく邸宅の扉を開けば、囲炉裏の傍に座って背中を丸めている。村長は俺らの姿を見ると、和やかな笑みを作る。目は随分と憔悴したようにも見えるが、その笑みは他の村人と違って狂気には染まっていない。


 俺らは村長の回答を待つことなく、対面に腰を下ろす。少しばかり乱暴な振る舞いだが、村長は俺らを咎めることはしない。むしろ、余裕を持った振る舞いで俺らの様子を眺めている。囲炉裏には鍋などは置かれておらず、ただ小さな火が熾されている。火を挟んで村長と向かい合うのは、まるでこの世界に誘われたばかりの光景の再現だ。


「ええ。ええ。そう慌てなくても良いですよ。…ですが、あまり語れることも多くは無いですけれども」


「あんた、食べ物に手を付けるなって忠告しなかったわね。それに実力行使に出てくるやつらの存在も。…味方してくれるように見せかけて、はぐらかしているじゃない」


「いえ、いえ。私も話したいのは山々なのですが…、魔女は寂しがりでしてね。あまりこちらから話せないのですよ。…それでも、聞いてくれれば少しは味方できるのですが…」


 責めるような言葉を投げかけるイブキにも、村長は和やかに答える。俺らには味方するつもりはあるようだが、魔女から何か制約を受けているのだろうか…。村長は火掻き棒で火種を広げると、その上に新しい薪を重ねてゆく。


「それじゃ、聞きたいことがあるんだが…。さっき襲ってきた奴が唐突に自殺してな。ありゃどうなってんだ?」


「ああ。ああ。多いのですよ。囚われて暫くすると投げやりになりますのでね。…死んでも再び村の中で目が覚めるのです。死んだくらいでは魔女は開放してくれません」


「ええぇ…。し…死なないってことですか…?」


 死者蘇生に近しい現象に、タルテが驚愕の声を上げる。村の中で目が覚めるというのはどういう状況なのだろうか…。


「ええ。ええ。そうですね。この村には死というものが存在しません。…そういう意味では私の願いは無意味なものですが…、まぁ…でも…死病に冒された私は魔女の噂に最後の望みを掛けて遥々旅をしてきましたから…。それが適っただけで満足ですよ」


「その歳で旅をしてきたのか?…家族はどうしたんだよ?」


「おや。おや。心配してくれるのですか?…家族には別れを告げてきましたとも。…そう言われると、故郷に残してきた家族のことが、少しばかり気がかりですね…」


 満足していると語った村長だが、俺が家族の話をすると遠い記憶を思い起こすようにしながら、静かにそう呟いた。この村にどれほどの期間囚われているかは知らないが、未だに故郷のことは覚えているのだろう。


 村長は家族を故郷に残してきた…。そして俺らと同じようにこの朝霧の中に囚われたのか…。


「…村長。この村人は個性的な村人が多いが…、アレは村長や俺らのように外からやってきたのか?」


「ええ。ええ。その通り。あなたと同じように魔女に誘われてここに辿り着きました。たまたま峠を越えていた際に…、あるいは…私のように魔女の噂を聞いて自分からやってきたものも居ますね…」


 俺の質問に村長は淀みなく答える。予想通り、この村の住人は寄せ集めの者達らしい。実を言うと、昨夜の村に寄った時点でその気配は感じていたのだ。たとえば、村長は料理のために女衆を呼び寄せたのだが、明らかに男衆のほうが数が多かったのだ。


 普通の農村であるならば、男は出稼ぎに行くこともあるため女性のほうが多くなる。更にはその数の多い男達も、農家の体つきをしていない者も多かったのだ。怪しい気配が無かったため結局は心配のし過ぎと判断したが、最初は盗賊村の可能性も疑っていたのだ。


「ふぅん。なら、村人は村人ではなく…行商人や護衛の傭兵や狩人ということかしら。…私達の前では村人のふりをしていた訳ですね」


「今思えば、年齢層も偏っていたよね。旅人で構成されているなら納得できるよ」


「おや。おや。今でも表の村はしっかりと村の形を保っているようですね。それに引き換え…この村は村と言っていいのか…」


 村長は悲しげな表情を浮かべ、静かに息を吐き出す。その息に煽られ囲炉裏の火が静かに揺らめく。村が丸ごと朝霧の中に囚われたのではなく、朝霧の中に囚われた者達で表の村が構成されている。昨夜の村は囚われた者達による村人ごっこだったのだ。


 …となると、どうにも違和感が俺の中で渦巻いてしまう。先に村があってそれが朝霧に囚われたのならまだ納得が出来るのだが、囚われた者だけで村が構成されているのなら説明が付かない。


「…村長。メルニアはどこに居るんだ?確かあんたが引き取っているんだよな?」


「………」


 今まで素直に答えてくれた村長が唐突に沈黙する。俺が唐突にメルニアの名前を出したからか、村長の様子が変わったからか、ナナ達も驚愕したように俺の方に視線をよこす。だが、俺は村長から視線を逸らさず、ただただ無言で回答を待った。


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