第427話 願いを叶えた者達

◇願いを叶えた者達◇


「やっぱりここでも戻ってきちゃったね。どうする?すこし移動して他の場所でも試す?」


 男達の襲撃から少しして、俺らは早々に森の奥にある霧の壁に行き着いた。しかし、村の入り口にあった霧の壁と同様に、少し進んだだけで俺らは反転したように元の位置に戻ってきてしまっていた。


 霧の壁に沿って移動することで、他の場所でも抜け出せるか確認することを提案したナナだが、彼女の視線は村のあった方角に向いている。獣の姿が無いという不穏な要素はあるが、そのお陰で却って森は平穏そのものだ。逆に人の領域である村は、余りにも村人の行動が不可解なので、森よりも危険地帯に思えてしまうからだろう。


 だが、だからこそ探る必要があるのかもしれない。森の奥が魔女の本拠地かと考えてここまで来たが、今のところまったくと言っていいほど手掛かりがない。…もしかしたらどこかの霧の壁のどこかに魔女の拠点に続く道があるのかもしれないが、それを見つけるのは余りに森は広すぎる。


「…あいつらは村長に聞けって言ってたよな。中途半端に話を切り上げちまったから、もっと詳しく聞きに行くか?」


「そうですわね。…私もあの村長がまだ何か隠しているように思えますわ…。親切に私達に語ってくれはしましたが、全てを話していないと言いますか…」


「でも、襲ってきた人達と比べれば村長は信頼できそうだよ?…そういう意味では話を聞きに行くのは賛成かな」


 俺らはこれからの方針を擦り合わせる。幸いにも森の側にある霧の壁はそこまで奥地でなかったため、村とはそこまで離れてはいない。もし制限時間のようなものがあるならば、このまま当ても無く森を彷徨うよりは、多少の危険を侵してでも村について調べるべきだろう。


 俺らは森を離れて村へと引き返した。朝食前の長々とした散歩ではあったが、相変わらずこの世界は時間が経過したようには思えない。空も森も、村も相変わらず朝霧に包まれている。だが、霧の濃さにはバラつきがあり、最も濃いのは霧の壁。そしてそこから離れるにつれて段々と霧は薄くなっている。


 俺らの宿泊していた空家は、比較的村の入り口にある霧の壁と距離も近かったが、それでも周囲を見渡せるほどには霧が薄かった。…一番霧が薄いのはどこになるのだろうか…。もしこの霧こそがこの世界を構築しているのであれば、その薄い場所が世界と世界を繋ぐ境界の可能性がある。…距離で考えれば森の入り口辺りだろうか…。


 だが、霧の壁の中心地点であろう森の入り口まで引き返してみても、そこには不審なものは見当たらない。俺らは足を止めることなく、そのまま畑を通過して再び村へと戻ってきた。


「タルテはルミエの守りを優先してくれ。…どこから村人が襲ってくるか分からないからな」


「はい…!分かりました…!防衛は任せてください…!」


 村の中は疎らではあるが、ここからでも人影がちらほらと動いているのが見える。あてどなく彷徨う彼らは、こちらに気が付いても襲ってくる気配は無い。だが、何時心変わりするか分からないため、俺らは警戒を解くことなく彼らの方へと移動する。


 村人達は俺らが近寄っても害意が無いのは変わらないようで、ニタニタと見てくるだけで特に接触はしてこない。まるで見世物になったような気分だが、襲ってくるよりは全然マシだ。


「ちょっと何これ…。こんな家に…金貨の山…?」


「うわぁ、凄いですね。こんな沢山の金貨、初めて見ました…」


 通りかかった家屋の戸口からイブキが中を覗くと、その家の中には地面が見えないほどの金貨が散りばめられており、その上では人が横になっている。まるで雑誌の最後に載っているスピリチュアル系の広告のような光景だが、そこに横たわる人間は広告と違ってぎらついた笑みを浮かべてはいない。むしろ、生気を失ったかのように意気消沈しており、生きてはいるようだが廃人のような状態だ。


「ああ、そいつ馬鹿だよねぇ。…エヒッ…!ここじゃ金なんてあっても意味無いのに…」


 俺らがその家の様子に驚いていると、近くにいた村人から声が掛かる。彼は家の入り口から零れた金貨を一枚拾い上げると、金貨の中心で横になったいた男にその金貨を投げ付けた。廃人のような男は金貨を投げつけられたことに僅かばかりの反応を示すが、それは本当に微かなものでそのまま死んだように横になっている。


「…魔女に金銭を願ったのか…。確かにこの村じゃ使えそうに無いな…」


「…エヒッ…!やっぱもっと有用なものを願わないとなぁ…!」


 そう言う男の傍らにはが佇んでいる。彼はその美女らしき何かの腰に手を回すと、俺らに見せびらかすように引き寄せてみせた。…美女と言い切らないのは、それが人形のような見た目だからだ。美女を称える言葉に陶器のような肌だとか金糸の如き金髪などあるが、そいつの肌は人肌よりも陶器に近く、髪も金糸にしか見えない。確かに動いてはいるのだが、生気が無いどころか意思すら存在していないようだ。


「…不潔…」


「…あの…その女の人…、生き物じゃないです…。光属性の魔力が少しもありません…」


 イブキが軽蔑の声を漏らし、それよりも小さな声で男に聞こえないようにタルテが忠告をしてくれる。…こいつは美女でも願ったのだろうか…。適ったそれが本当に男の求めていたものなのかは分からないが、見たところ満足はしているようだ。


「ヒヒヒッ…そんなビビるなよ。せっかく村に来たんだから、いい場所に案内してやるよ…。ついて来な」


 男と美女のような何かは俺らに背中を向けて村の奥へと進んでいく。素直に従うつもりもないのだが、男が進んでいったのは村の中心部だ。余り大きくない村には脇道も少ないため、どの道俺らは彼の示した方向へと進むことになってしまう。


 彼が案内したかったものは直ぐに見えてきた。昨夜俺らもご相伴にあった共同炊事場だ。そこには数人の村人が群がっており、まるで宴会のように寛いでいる。昨日は鹿肉やスープが並んでいたテーブルの上には、村には不釣合いな豪華な料理が並んでおり、醜く太った女性が次々と料理をその口に流し込んでいる。


「彼女は…飽食を願ったのでしょうね…。見てください。空になった皿に料理が沸いて出ています」


「おぉ…お前らも食っていけよ。飛ぶぞぉ…。こんな美味い料理は王様でも食えないだろうなぁ…」


 飽食を願ったのは中央にいる女性なのだろうが、周囲に群がった他の村人達が、お零れにたかるように料理に手を付けている。ワインの入ったゴブレットは枯れることは無く、山海の幸が盛られた皿は底が見えない。そしてそれに手を付ける村人達は、宴会に誘うように俺らを手招いている。


「…美味しそうですね…」


「…まだ朝ごはんも食べてないけど…どうする?」


 警戒はしているが、食いしん坊二人組みが料理の香りに誘われている。目は正気なので、何かしらの魔法で誘われているのではなく、生来の食い意地によるものだろう。


「…駄目だ。あの料理はもちろん、この世界の食べ物には一切手を付けるなよ」


 俺は彼女達を引き止めるように警告する。村長は言及していなかったが、恐らく飲食はこの世界の禁忌だ。戻るつもりがあるのならば、目の前の料理に手を付けるわけには行かないのだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る