第426話 剣を胸に抱いて

◇剣を胸に抱いて◇


「あぁ…。落とし穴…?こんなもんを、いつ用意したんだぁ?」


 穴の底からは暢気な声が響く。覗き込んでみれば、穴に落ちた連中は地上に戻ろうと足掻く訳でもなく、落下によって痛みに呻く訳でもなく、ただ土に腰を下ろして暢気にケタケタと笑っている。失敗したことを悔やむ様子も無く、まるでお遊びで俺らを襲ったように思える。


 よくよく見てみれば、男の一人は足の関節が一つ増えている。他の男も無傷とは言えないようで、所々に怪我を負っているが、彼らはそれを気にする素振りすら見せていない。不死者アンデッドのようにダメージを気にしていないようだが、彼らが一応は会話が可能な存在であるため、却って不気味に見えてしまう。


「村長みたいに傷が回復することは無さそうだね…。痛みを気にする様子も無いけど…。」


「てことは、こいつらは別の願いをしたってことか?金を出すのか…、名声を得たのか…」


 …あるいは無から女性下着を生成するのかもしれない。


 実際問題、破格の魔法の才能であったり、武術の才能…。無敵の戦闘能力を願っている可能性もあるため、落とし穴に落としたからと言って油断は出来ない。彼らの暢気な姿はそういった自信の表れなのかもしれない。


 ルミエを背後に隠しつつも俺らは穴の底で寛いでいる者達を観察する。彼らは俺らが見ていることに気が付いても、立ち上がる様子はない。それどころか俺らに向かって軽く手を振る始末だ。その様子に戦闘態勢を解くことはしないが、警戒心が僅かに緩む。


「…あなた達、何が目的で私達をつけていたのですか?まさか、ピクニックのお誘いではないでしょう?」


「あん…?理由?…そういえば襲おうとしたんだったな。…あれだよあれ…仲間になるための儀式みたいなもんだよ…」


 メルルの言葉に男は呆けた素振りを見せるが、演技には見えない。正しく自分が何をしているのかしっかりと把握していないようだ。彼女の言葉を聞いて初めて自分がしていたことを思い出したようだ。


「死にたくないって願いは魔女にも簡単に届くからなぁ。そうすりゃお前らも一員だ。降りてこいよぉ。お前らも俺らと一緒に村人になろうぜ」


「へへへ。こんな別嬪が村人になるチャンスは滅多にねぇからな」


「…おい…おい。また…植物にさせるつもりか…?…ぃひっ…」


 最初の男の言葉を呼び水にしたように他の男達も口々に口を開く。…こちらの女性陣の色香に誘われたようにも思える言葉だが、節々に不可解な単語が混じっている。だが、俺らを襲った理由については推測がついた。


「なるほどね。俺らを襲うことで願いを消費させようとしたのか…」


「あの村長が言っていたことは、こういうことみたいね。あの長閑な村と違って、随分と性質の悪いこと…」


 イブキが軽蔑したような視線を穴の下の男達に向ける。俺らを襲ってその恐怖からの願い、あるいは誰かが死ぬことで生き返らせたいという願いを願わせるつもりだったのだろう。…そこまでして俺らを村人にさせたいのは、彼女達が目当てなのか、あるいは同じ苦しみを俺らにも味あわせたいのか…。そもそも彼らは苦しんでいるのだろうか?不気味に笑うその姿は、どうにも本意が読みづらい。


「…どうする?埋めるか?」


「もう少し尋問を致しましょう。…今は何よりも情報が欲しいですわ」


 気味の悪い連中であるため、俺はこのまま埋めて蓋をしてしまおうかと考えたが、メルルがそれを止める。確かに魔女の手掛かりは未だにない。彼らが何か知っているとして素直に語ってくれるかは分からないが、口が軽そうであるため労力を割く価値がある。


「…おい、お前ら。魔女がどこにいるのか知っているのか?」


「あぁ?知るわけ無いだろ?そういうのは村長に聞くんだな。あいつは俺らが来るずっと前からいるんだからなぁ」


「イヒッ…!お前らも…村長のアレやられた?あの首切るやつ。ありゃ俺もやられたんだぜぇ?」


 何が面白いのか、男達は両手を叩きながら笑い合う。…こいつらも俺らのように村に通りかかったときに村に囚われたのか…。何なら村人の全てがそうなのだろうか…?しかし、昨夜の村は余りに自然であった。個別に囚われた人々が村人として振舞うのは少しばかり違和感を覚えてしまう。


 もう完全に襲うつもりは無いようで、尋ねれば素直に答えてくれる。下手に言葉を交わせば願いと取られてしまう可能性もあるため、俺は身長に次の言葉を考える。


 だがしかし、既に時間切れが迫っていたようだ。俺の鼻に濃い血の匂いが届く。崩壊した地面のせいで染み込んでしまって気が付かなかったが、どうやら結構な量の出血をしているようだ。よく見てみれば随分と顔色の悪い者もいる。


「あぁ…眠い。…そろそろ眠るか。…じゃあなぁ。また後でなぁ」


「逝くのか?んじゃま、俺も眠るか。…そのうち嫌でも目が覚めるがな」


 血を流していた男が眠るように息を引き取る。そしてそれに付き合うように他の男達も手元にあった剣を自分に向ける。そしてそのまま、躊躇うことなく剣を首や胸に突き刺した。あまりにも自然な動作で自害したために、俺らの止める隙なく彼らも後を追って息を引き取った。


「村長といい…こいつらといい…。自傷するのが趣味なのか?」


「何かしらの儀式じゃないよね…?呪術には自傷行為を伴う術もあるって聞いたことがあるけど…」


 落とし穴から墓穴へと変わったしまった光景に、俺らは寒気を覚える。捕まった下手人が毒薬で自害する話は耳にするが、彼らはそんな目的で死んだわけではない。かといってナナの言うように儀式的な目的があるようにも見えなかった。


 俺は警戒しながらも穴の底に下りると、彼らの装備を確認する。草臥れた皮鎧にボロボロの鎧下。剣は意外にも手入れが行き届いている。背嚢などが無いため碌な所持品は無いが、首には見知ったものが下げられている。


「狩人ギルドのタグを下げているな…。発行場所は…王都?…この村出身なら、王都よりももっと近くのギルドが幾つもあるよな」


 この村というか昨夜の村だが、村には狩人ギルドが無かったものの、近場の町には存在している。少なくともこの村で生まれ育った狩人なら、もっと近場の町でギルドに登録するはずだ。…やはり先ほどの口ぶりのように彼らも俺らのようにこの村に通りかかったときに囚われたようだ…。


 …囚われた者達の村。もしかしたら死んでもなおこの村に囚われるのだろうか…。死が終わりでないのなら、あの潔さも納得は出来る。俺は彼らの死体が彼岸の存在のように思えて、距離を取るようにして即座に穴の上へと戻った。


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