第425話 狩人の朝は早い
◇狩人の朝は早い◇
「こっちは霧の壁が無い…。いや、遠いのかな。もっと奥に進めば霧が立ち込めそうだね」
俺らは村の入り口とは反対に進み、森の奥へと足を踏み入れていた。昨日は狩のために踏み入れた森だが、ここは驚くべきほどに静かだ。別位相なのか別空間なのか、機能はちらほらと感じていた獣の気配が無い。
朝霧に囚われた村も、まるで別の村かのように活気が失せていたが、森はその日ではない。熊や狐など、朝夕の黎明薄暮時に活動する獣は多くいるが、まるで朝を忘れているかのように静まり返っている。
周囲に薄っすらと漂う朝霧が枝葉に玉雫を残し、その雫が森を掻き分けて進む俺らの身体を濡らしてゆく。…森には人が入った痕跡が無い。普段から狩人が森に踏み入っていないことは明白であるし、なにより俺らが晩餐の獲物を求めて進入した痕跡も残っていない。
「…ここだよな。俺が通ったの?意識してなかったから余り自信が無いな」
「私は常に痕跡を残さず移動するわよ?でも、昨日は同行者もいたから完全に痕跡が無いのは不自然ね」
追跡者が居たならまだしも、気楽な狩猟ではそこまで自分の残した痕跡を意識していなかったため絶対とは言い切れないが、俺が通った痕跡すら消えている。木々の並びや山の傾斜など、そこが昨日立ち入った森であると教えてくれているのだが、まるで俺らが立ち入る前に時間が巻き戻ったような状況だ。
「…私が採取した野草も残っています…。もしや…無限に採取できるのでは…?」
「その野草を食べる必要があるまで、長居はしたくありませんわね。…村の人たちは何を食べているのでしょうか?塩などもありますし…あの村だけで完結することは不可能ですわよね…」
昨日とは違った顔をみせる森の風景だが、生憎と魔女と関係がありそうなものは見当たらない。点々と続くパン屑が魔女の住むお菓子の家まで案内してくれるとは思っていなかったが、僅かな手掛かりすら見つからないため、メルルなどは探すことをやめて思考の海に沈んでいる。
噂では迷った末に魔女に出会うと語られていたが、俺の卓越した把握能力が嫌でも帰り道を教えてくれる。目を瞑った状態でナナに高速ジャイアントスイングでもして貰えれば方向感覚を失うかもしれないが、流石にそこまでやるつもりは無い。むしろ、そんなことを提案すれば気が触れたかと心配されるだろう。
「ルミエちゃん。大丈夫?慣れない山歩きは大変でしょ?」
「い、いえ。これぐらいなら全然平気ですよ!行脚と考えれば楽なものです!」
比較的楽なルートを選定して進んでいることもあって、ルミエも疲労が溜まっている様子は無い。それどころか、ピクニックのように楽しげに山道を進んでいる。余りにも不可解な事態に巻き込まれているのに、どこか彼女は楽天的で笑顔を崩してはいない。
少しばかり警戒心が薄いようにも思えるが、恐れ戦いて行動不能になるよりはずっと良い。勇者との一件は、彼女の心を図太く成長させたようだ。彼女の警戒心が薄い分、俺らが護衛としてしっかり警戒していればよい。
「…ねぇ。あいつら放っておくの?これ以上奥に進むのなら、先に片付けたほうがいいんじゃない?」
そして、警戒している甲斐あって、既に敵の姿は捉えているのだ。その敵の存在に関して、イブキから冷めたような声がかかる。その存在はルミエ以外には伝えてあるのだが、俺らの後を尾行しているだけで、仕掛けてくる様子が無かったために泳がせていたのだ。
これ以上森に入るのならば、不安要素は処理しておいたほうが良い。暗にイブキはそう伝えているのだ。それには皆も賛同しているようなので、俺は開けた場所へと道のりを変更する。
「人数は四人。雑だが森の歩き方は知っているようだ。狩人崩れか、引退した狩人か…。それこそ、向こうの村長が言っていた兼業で狩りをしている男衆かもな」
「油断するわけじゃないけど…、私でも尾行していることが分かったんだから、狩人としては大したことがなさそうだね」
俺は泳がせていた間に調べた情報を伝える。尾行の存在をいち早く察知したのは俺とイブキだが、ナナの言うとおり雑な尾行は彼女達にも感知できたほどだ。だからこそ、ナナは狩人としては未熟と評したが、言葉通り油断する気配は無い。
中途半端な尾行に人数有利も取れている。これが単なる山歩きの最中にやってきた相手ならば、マナーのなっていない狩人と判断して大して警戒もしないのだが、朝霧に囚われた村という異常事態に不穏な行動を取っている相手として警戒しているのだ。たとえ見かけが村人だとしても、何をしてくるか予想が付かないという時点で警戒に値する。…それこそ、村長のように不死の存在かもしれない。
「まっすぐこっちに向かってくるな。向こうもこっちが気付いていることに気が付いたか」
「もしかしたら、こっちの移動速度に追いつけていなかっただけかもね。ルミエちゃんがいたけど、そこそこの速度は出ていたから…」
しばらくしたら、俺らが通ってきた道を辿るようにして四人の男が姿を現す。服装や装備は狩人のものだが、顔つきはどこか記憶にある。恐らくは昨夜の晩餐で見かけた村人なのだろう。そして、手元には抜き身の剣が握られている。目も他の村人と同じように濁って輝きを失っており、とても正気とは思えない。
「…他の村人から隠れて話がしたかった…訳では無いみたいだね」
「アァ…?話…?する必要は無いだろ?お前も村人になれば…話す時間は沢山あるんだからよ…」
「…驚いた。会話は出来るみたいだな。てっきり正気じゃないかと思ったよ」
俺は素直に驚きの言葉を零す。村長もその後に会った村人も会話は出来たのだが、その正気には見えない眼差しがどうにも言葉が通じる相手には見えなかったのだ。…言葉は交わせるものの話をするつもりは無いみたいなので、厳密に言えば言葉が通じる相手ではないのかもしれないが…。
こちらを見くびっているのか、男達は剣を片手にそのままこちらに駆け寄ってくる。構えも陣形もないその様子は、それこそ山賊よりも野蛮にみえる動作だ。
「…タルテ。やっておしまいなさい」
「は、はい…!分かりました…!」
「ぉお…?」
あまりにお粗末なその行動にメルルは眉を潜めながら号令を出す。そして、その号令を受けたタルテが地面を拳で叩くと、男達の足元が一斉に崩落したのだ。落とし穴という古典的な罠に見事に引っかかり、男達は一瞬で姿を消す。
「…余りにも間抜けですわね。…逆に不気味ですわ…」
奴等が俺らの元に辿り着くまで、こっちも暇をしていたわけではない。あらかじめタルテの魔法で地下を彫りぬいていたのだ。地面の振動や魔法の発動を察知される可能性があったため、事前に仕込んでいたのだが、今の様子を見る限りその場で適当に発動しても上手く言ったように思える。
俺らは、罠にはまった男達を観察するため、穴の縁へと足を進めた。
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