第423話 不死なる願い

◇不死なる願い◇


「魔女って…確か野営地でハルトが話してた…」


 女性陣の視線が俺に向けて注がれる。まるであの話が今回の騒動の切欠と言いたげな視線だが、俺だってこんなことは予想していなかった。居心地の悪さを感じながらも、俺はその視線を無視して村長に向き合う。俺らの反応からして魔女の噂を知っていると判断したのだろう。村長は続きを淡々と口にし始める。


「あんたらも魔女に見初められたんだろうね。…迷い込むのは何時だってそんな空気のある者たちばかりだった…。…そう言うと私も見初められたことになるのかな?」


「魔女に見初められたって…生憎とそんな大物とあった記憶は無いんだけどな…」


 魔女と言われてもそんな女傑に会った記憶は無い。村長はどこか自慢げに顎を摩ってみるが、その目は酷く濁っている。頬も村長の言うもう一人の存在と比べ、こけているようにも見える。まるで、生きながらの死人のような姿だ。


 その不気味な姿にルミエは恐れを抱いたのか、隣に座るタルテの手を握りこむ。タルテはそんな彼女を気遣うように優しく背中を摩っている。…普段はナナとメルルの妹分のタルテだが、ルミエがいるとお姉さんになるらしい。


「その、具体的に魔女に見初められるとどうなるのかしら。詳しく説明してくださらない?」


「ふむ。ふむ。そう不安がる必要はありませんよ。あなた達は村の中から魔女を探し出し、願いを叶えて貰えば良いのです。…何を願えばいいかは知っておりますよね?」


 村長は俺らを探るように尋ねかける。願いの内容はこの霧に囚われた村から出ることを願えと言いたいのだろう。


「魔女って…どこに居るのですか…?森の…奥…?」


「さて。さて。場所も姿も、それは人によって変わります。魔女はどうやら気まぐれらしくてね。…私の頃は森の奥に正しく魔女のような姿で佇んでおられましたが、…木々の精霊であったり、村に猫として遊びに来ていたりと…。…だからこそあなた方は探す必要があるのです」


「それを探せって…、んな無茶な…」


 村長はまるでゲームのルールを説明するかのように俺らに魔女のことを語る。その言葉に合いの手を入れるかのごとく、焚き木がパチパチと音を立てた。…手掛かりも無しに魔女を探すことも、気がかりだが、何よりも村長は魔女に会ったという言葉が引っ掛かった。…囚われているということは…そういう事なのだろうか…。


「村長は魔女に会ったんだよな?だったら…」


「…私はもう出られませんよ。願いは別のことに使いましたから…」


 少しばかり聞きづらかったが、情報の少ない今は躊躇して入られない。俺は村長に魔女に会ったことを尋ねる。その質問が来ることを予期していたのか、村長は俺の言葉を全て聞く前に自身の状況を口にした。


 そして、唐突に村長の手が彼の腰元に伸びる。そこには山歩きのためなのか小振りな剣鉈が携えられていた。緩慢な動作ではあったが、刃物に向けて伸びる手を眺めているほど暢気なつもりはない。


 俺は即座に村長の首に向けて抜き打ちを放つ。急場凌ぎで拵えた簡易的な鞘だが、意外にも使い勝手はいい。俺の抜き放った刀は村長の首の薄皮一枚を撫でる位置で止まり、僅かばかりの血が流れた。


「おい…。何のつもりだ…」


「おや。おや。貸してくれるということでしょうか。私の鉈は随分前から研いでませんから助かりますよ」


 俺の刀が命に触れているというのに、村長の瞳には全くと言っていいほど恐れは見えない。それどころか、寸止めされた刃に向かって、村長は自分の首を大きく傾けた。


「ひぃいぃぃ…!?」


 鋭い俺の刃は押し付けられた村長の首を容易く切断する。刃は首に深く埋まり、その傷口と村長の口からは夥しい量の血が流れ始めた。いきなり始まったスプラッタな光景に、ルミエは顔を青くして悲鳴を上げた。


 血に慣れた俺らは悲鳴は上げることはないが、それでも自ら首を切断する行為に驚きを隠せない。俺は即座に首から刃を引き抜くが、手には命を絶った感触があった。…しかし、村長は崩れ落ちることは無く、今までと同じようにそこに佇んでいた。


「ああ。ああ。お嬢さんを怖がらせてしまいましたね。…ですが、やってみないと信じない方も多いのですよ。…これが私の叶えた願い。お陰で私は死ぬことは無いのです」


「…確かに説得力がありますが、行動に起こす前に一言申して欲しかったですわね」


 口元の血を拭っただけで、村長の口からは血ではなく言葉が出てくる。それこそ、この朝のような世界がまともに見えるほどの異様な光景だが、だからこそ俺らを納得させるほどの説得力があった。


 …魔女はどんな願いでも一つだけ叶える。余りにも荒唐無稽な話だと思ったが、目の前には不死を叶えた者が居るのだ。血に濡れた傷口も、気付けば塞がっている。


 どうやら、思った以上にヤバイ現象に巻き込まれているらしい。それは言葉にしなくても全員の共通認識として刷り込まれたようで、俺らの間の空気が張り詰める。


 俺は周囲を覆う朝霧を今一度確認する。村を囲うように霧は立ち込めており、先ほどから変化は無い。本当の朝方なら刻一刻と風景は変化していくはずなのだが、この村にはそれが無い。


 だが、まったく変化が無いわけでもない。村長が姿を見せたときのように、霧の向こうで何者かが動く気配がある。その気配は女性陣だけでなく村長も感じたようで、彼はここにきて始めて焦るような素振りを見せた。


「…とにかく、あなた方は魔女を探してここから抜け出すことを願うのです。そして…最後に忠告ですが、この囚われた者達の村は全てがあなた方の味方ではありません。…私は、村の外では余命幾ばくも無かったため、こうなったことに納得もしていますが、中には不本意に囚われている者も居ます…。くれぐれも、余計なことに願いを使わないように…」


 村長は口早に説明を告げると、慌てたように立ち上がる。そして、ここに来た時の様に朝霧の中に消えていった。代わりに姿を見せたのは他の村人達の姿だ。それは村長と同じように、眠る前に見た村の人々だ。襲ってくる気配は無いが、不躾にこちらを観察するような視線が注がれる。顔は同じでも、余りにも違う雰囲気に思わず息を呑んだ。


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