第421話 夜の帳は等しく訪れる

◇夜の帳は等しく訪れる◇


「それじゃ、俺は先に眠らしてもらうぜ。時間が来たら起こしてくれ」


 借りた空家に戻った俺らは、夜警の準備に入る。俺は荷物の中から砂時計を取り出すと、それをナナに渡して早々に床に就く。俺の夜警番は真ん中だから、あまりまとまった睡眠時間は得られない。だからこそ、火起こしなどの準備をナナ達に任せて俺は先に眠りに付くのだ。


「おやすみ。…ごめんね。真ん中任せちゃって」


「おいおい。それは言わない約束だろ」


 皆に就寝の挨拶をして、俺はマントを深くかぶる。小屋の外でナナ達が用意する焚き火の香りを感じながら、俺は目を閉じる。満腹感が睡魔の後押しをして、俺は大した時間も掛けずに意識がまどろみの中に解けていった。


 夢というのは前世であっても人が最も身近に体験できる神秘の入り口であった。古来は肉体から抜け出した魂が実際に経験したことがらが夢に表れるとも言われ、集合的無意識が見せる虚像、神の啓示とも捉えられていた。


 それはこの世界でも変わらず、むしろ神秘に溢れる世界において、幻想を幻想のままに知覚できる手段として知られている。常識に曇った瞳ではなく、内なる瞳では世界をあるがままに見通すことができると言われているのだ。


「…!……!…」


 前世ではエレキテルの光が闇を照らし、幻想と謡われるものは駆逐された。この世界でも錬金術から始まる科学の萌芽が幻想を排他しようとしているが、それはまだ幻に包まれた世界にラベルを貼って、都合の良い様に見ているにしか過ぎない。


「…!ハルト…!起きて…!何かおかしいよ…!」


 俺の身体が揺さぶられて、閉じた瞳が薄っすらと開かれる。少しばかり意識が未だにまどろんでいたが、目の前のナナの顔と置かれていた状況に違和感を感じて飛び起きる。そして、即座に装備を確認しながら周囲に目を凝らす。


「…朝って訳じゃないよな?何が起きた…!?」


 小屋の外からは柔らかな光が差し込んでおり、今が夜ではないことを教えてくれる。だが、何もかもがおかしい。


 まず、俺はナナに揺すり起こされていたが、それでも意識が覚醒するのに暫しの時間が掛かった。この前のように気絶したまま寝込んだ状況ならまだしも、警戒した状態で寝たのであれば、少しの物音で目を覚ますように父親から訓練されているのだ。


 だが、今は即座に目を覚ますことができなかった。自分の目覚めの良さが完璧とは言わないが、ナナの言うとおり、何かしらの異常事態が発生したようだ。


「分からない。その…私達も今目を覚ましたばかりで…」


「覚ました…?全員で朝まで寝込んでいたってことか?」


 俺はナナと連れ立って小屋の外に出る。そこには警戒した様子のメルルとタルテ、イブキが並び、守るようにルミエを囲っている。外は薄っすらと霧がかかり、それが複雑に光を反射している。一見すれば朝霧の出た風景であるが、どこか違和感を感じてしまう。


「ハルト様…。良かった。目を覚まして下さったのですね」


「状況は?…何が起きてる?」


「それが、私達もまだ把握してなくて。…皆で焚き火を囲んでいた筈なのだけれども…寝た記憶は無いのに、気が付けば寝入ってて…。私達も目を覚ましたばかりなの」


 俺が尋ねれば、申し訳なさそうにナナが答える。夜警なのに寝入ってしまったことを恥じているのだろうが、全員が眠ってしまうのは余りに不自然だ。それに、ルミエも小屋の外で寝てしまったらしい。彼女は夜警当番には組み込まれていないため、俺と同じように早々に床に就く予定であったのだが、外で目を覚ましたということはその前に寝入ってしまったと言う訳だ。


「…あの夕餉に睡眠薬の類が入っていたてことかしら。…タルテ。あんた変なもんを摘んできていないでしょうね」


「ええ…!?野草は全部確認しましたよぉ…!それに…鍋に入っていたのは食べられるだけで…大した薬効のあるものはありませんでした…」


 全員が寝入ってしまったことで薬の存在をイブキが疑うが、タルテはそんな物騒な野草を混ぜてはいないと声を上げる。それに、俺とナナがいるのだ。それだけでは説明が付かない。


「…俺には薬の類は効かないし、ナナもかなりの耐性がある。同時に寝入るのは違和感がある」


「そうだね。たとえ睡眠薬を盛られたとしても、私よりも先に他の皆が眠るはずだよ」


 人種としては平地人のナナだが、巨人族の特性が強く出ているため薬に対する耐性がある。夕餉に睡眠薬が入っていたり、夜警のために焚いていた焚き火にそういった効能のある香木が混じっていたとしても、効果が現れるのは時間差があるはずだ。


「それに、たとえそうだとしても焚き火が説明つきませんわ。私達が寝ている間に、誰が薪を足したのでしょうか」


 そう言ってメルルは焚き火を指差す。そこでは小さな火が舌を覗かせており、くべられている焚き木を灰へと変えていっている。全員が朝まで眠っていたとしたら、燃え尽きているはずなのだが、未だに火は燃え尽きていない。


 てっきり俺が起きる前に新しく火を熾したのかと思ったが、どうやらそれは違ったらしい。今置かれている状況を全て説明できる理由が思いつかず、俺は何かないかと周囲に目を這わす。


「…?なぁ、それは…。その砂時計は誰かが返したのか?」


 俺は荷物と一緒に置かれていた砂時計を指差す。その砂時計は今なお砂を上方から下方へ零しており、耳を澄ませば静かな砂の流れる音が聞こえる。夜番の交代を知らせる砂時計は長時間を計る仕様だが、焚き火と同じく朝までもつ物ではない。


 俺の問い掛けに、他の面々は首を横に振るう。その時点で女性陣もその異常性に気が付いたのか、より一層顔を険しくする。


「もしかして…、今は朝じゃないのか?だが、なぜか明るい?」


 俺はそのまま周囲を見渡す。朝霧は異様に濃く、乱反射する光はどこに光源があるかを覆い隠している。寝入るまでには長閑な村であったのだが、今となっては当たり前のように佇むその風景が、逆に不気味に思えて仕方が無かった。


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