第420話 小さな謝肉祭

◇小さな謝肉祭◇


「いやぁ、すいませんねぇ。まさかこんな獲物を頂けるとは。ここらは獣の影も多いのですが、最近は警戒しているのか村のほうには寄り付いてくれなくねぇ」


 共同炊事場で切り分けられる鹿を見ながら、村長がにこやかな笑みでメルルに頭を下げている。メルルが交渉をしてくれた結果、特に問題なく村長は空き家の一つを俺らに貸し与えてくれた。その代わりに俺らは近くの森で狩猟を行い、その獲物を村へと提供したのだ。随分と早い時間帯に村に到着したため、森に狩に入る時間も十分にある。


 村には狩人もいるらしいのだが、専業の者ではなく村の男集が兼業でこなしているため、十分な量は獲れていないらしい。村長の言うとおり森の奥に行けば獲物の数も多いらしいのだが、そこには狼や魔獣の類もいるため、兼業程度の狩人が踏み入るにはあまりに危険だ。だからこそ、村長や村人は俺らが渡した宿泊料代わりの鹿をここまで喜んでくれているようだ。


「ほら、追加の獲物よ。ヤマウズラにヤマシギ。その村長の言うとおり、奥のほうは随分と獲物が豊富みたいね」


「村長さん…!いっぱい獲れましたよ…!これも捌いて貰っていいですか…?あと…野草も摘んできましたけど…これはどうしましょうか…」


 森へと狩りに行っていたイブキとタルテが帰ってくると、その背中に背負った獲物を共同炊事場へと降ろす。その複数の山鳥と野草を見て、再び村長は顔に笑みを浮かべる。そして、村の女衆に声を掛けると手早く野鳥を解体し始めた。


 村長は俺らの獲ってきた獲物の数を指先を軽く跳ねさせながら数える。どうやって村人に配分するのか考えているのだろう。一羽一羽はそこまで大きくないが、そこそこの数があるため十分な量があることだろう。


「おお。おお。これまた沢山獲れましたな。鳥は…もしよかったら野草と合わせて汁物にしませんかね。これだけあれば結構な量を作れますよ」


「それで構いませんよ。…できれば俺達の分も…」


「ええ。ええ。それはもちろん。当然ですよ。女衆が手によりを掛けて作りますから、素朴な田舎料理ですけど、どうぞご賞味くだされ」


 小さい村故に全員で一緒に料理することも多いようで、奥様方が見事な連携で料理を作り始める。結構な大きさの鍋には捌かれた鳥肉と処理をした野草、そして各ご家庭から持ち込まれた根菜の類が入れられクツクツと煮込まれ始める。


 日が傾き茜色に周囲が染まる頃には、共同炊事場がさながら宴会場のように変化する。男達は酒を持ち込んで飲み始め、女達はそれを冷ややかな目で見ながら料理を仕上げていく。そして、まずは子供達が優先ということで、小さな子達がお椀を持って鍋へと並び、野鳥のスープや焼いた鹿肉に舌鼓を打った。


「ささ。ささ。できましたぞ。…本当ならば若い娘に相伴させるところですが、それは必要なさそうですな。この老いぼれで勘弁してくだされ」


「え、ええ。お気遣いなく…」


 俺らは宴会場になった一角に案内されると、出来上がった料理が振舞われる。村長は俺らのほうをちらりと見るが、女性ばかりの面々を見て配膳をしてくれた村の女性陣を下がらせる。…むしろ、村の女性達は俺ではなく、いかにもお嬢様らしいメルルなどと話をしたそうにしていたが、そのまま村長に従って下がっていった。


 代わりに、一人の少女がこちらにやってくると、村長の脇に腰を降ろす。その子は丁度村に着いたときに入り口に佇んでいた子であり、無邪気な様子で机の上の料理を見つめている。


「あら、その子は…、たしか村の入り口に居た…。村長のお孫さんかしら?」


「ええ。ええ。そのようなものです。この子は病気で両親を亡くしましてな。私が引き取って育てていますが…、村人全員の子供といってもよいでしょう。ほら、メルニア。皆様にお礼を言いなさい。この料理はこの方々が獲ってきてくださったのだぞ」


「お兄ちゃん、お姉ちゃん。ありがとうございます。お肉おいしそうです」


 村長の言葉に少女は頷くと、暗に早く食べたいという意思を含ませながら俺らにお礼を言った。その様子を女性陣は微笑ましそうに眺めている。イブキは子供が苦手らしいが、それ以外の女性陣は子供好きなので可愛くて仕方が無いのだろう。


「ふふふ。じゃぁ頂こうか。メルニアちゃんもいっぱい食べてね」


「可愛い子ですねぇ。ああ、ほら、そんな急いで食べちゃ駄目ですよ」


「そうでしょうとも。そうでしょうとも。この子を誰が引き取るかで村でも争いになったほどでしてね」


 食いっぷりのいい少女を見ながら俺らも料理に手を伸ばす。山鳥と野草のスープは滋味溢れる味わいで、甘くてほろ苦い春の味が口の中に広がった。村長の言うとおり素朴な味わいだが、意外にも香りは華やかで、十分に存在感をはなっている。


「お兄ちゃんとお姉ちゃん達は、どこから来てどこに行くの?」


 メルニアと呼ばれた少女がフランスのポスト印象派の画家のような、あるいは素粒子物理学者のようなことを尋ねる。哲学的な質問にも聞こえるが文字通りの質問なのだろう。ルミエの護衛中ということは言えないが、俺らはこれまでの旅路を掻い摘んで話す。


 メルニアは村の外のことに興味があるのか、楽しそうにその事を聞いている。ルミエがここらの深い森に感動していたように、メルニアにとっては森の外は未知の世界なのだろう。特にルミエがサンリヴィル河や海、そこに浮かぶ船の話をしてあげると、メルニアはそんなものもあるのかと身を乗り出して聞いている。


「海は凄かったね。女神が欠伸をしてその涙が海になったと言われているけど、信じられないよ。アレだけ溜まるほど欠伸をしたんじゃ、寝不足で死んじゃうんじゃないかな」


「それじゃあ何?失恋して号泣したって言うのかしら?…でも、確かにそれぐらい大きかったわね」


 同じように最近初めて海を見て感動したナナやイブキが、その感動をメルニアに伝えている。イブキは子供嫌いのはずだが、海の感動がそれを上回っていたようで得意気に海の話を語っている。メルニアも背格好の近いイブキは話しやすいらしく、意外にも懐いたように聞き入っている。


「ほらほら。メルニア。そろそろ寝る準備をしなさい。旅人さんも休むために村に来たのだから、あまりお話につき合わせちゃいけないよ」


「…うん。そろそろ眠る」


 食べ終わってから暫くもすれば、話を聞きつつもメルニアは眠そうに目を擦り始めた。それを見て村長はそろそろ眠るように彼女を促す。


「俺らもそろそろ休もうか。村長の言うとおり疲れも溜まってるしな」


「おや?お早いですね。朝には朝餉も用意いたしますので、ゆっくり休んでくださいな」


 護衛任務中でもあるため、たとえ村の中でも夜警は欠かせない。山賊が襲ってくるとは思わないが、若い男の村人が密に誘われてやってくる可能性もある。三交代で寝るとしても、早く床に就けばその分長く寝ることができるから、長居する必要は無い。俺らは完全に宴会場となった共同炊事場を後にすると、貸し与えてくれた空家へと足を進めた。


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