第418話 姉という名の魔女

◇姉という名の魔女◇


「魔女?それがこの先の道にいるって言うの?…その…、確かに面白そうだけど…そんなところに魔女なんているのかな」


 ナナは小さく笑いながら、そこまで本気にはしていない。それは他の面々も同じで、確かに面白そうだが下らない話題だとイブキが呆れていたことに納得している。


 俺が耳にしたのは魔女の噂だ。商人の護衛をしている狩人らしき者達が、この先にある峠の森には魔女が住んでいると話していたのだ。彼らも本気でその内容を語っていたわけではなく、会話のちょっとした話題として口にしていた。


 というのも、誰もが魔女がこんなところにいるとは思っていないからだ。魔女とは魔法を極めた存在を示す言葉であるが、その極めたと言うのは国で一番の魔法使いとかそういうレベルではない。それこそ、伝説になるレベルの存在だ。国を滅ぼしただとか、死後復活しただとか…、あるいは星を落とすような魔法を使えなくては魔女とは言われない。


 各国の歴史書をひっくり返せばその存在は史実として残っているため、完全に御伽噺の存在というわけではないが、そこらに居るような者でもない。信憑度でいえばツチノコ以上、ゴリラ以下といったところだろうか。


「アレじゃないの?ちょっと長く生きてる辺鄙な魔法使いを魔女って呼んでるんでしょ。田舎には良くある話よ」


 さも興味はありませんといった感じだが、イブキが魔女の噂話について意見を述べる。確かに怪しい生き字引のような老婆を魔女と揶揄することも有り得なくはない。他にも男を手の平で転がすような妖艶な女性を魔女という事だってある。


 魔法使いにとっては魔女は最上級の魔法使いを表す言葉だが、そもそも魔法使いにすら疎い人々にとっては、その辺も曖昧なのであろう。結局は謎の多い不思議な女性を表す言葉でもあるのだ。


「あの…、妖精などが居るのかもしれませんよ…?不思議な存在が住んでて…、それで魔女がいるって噂が産まれたのかも知れません…!」


「どの道、何かあるから噂になったってことだろ?火のないところに煙は立たないって言うしな」


 俺は好奇心を煽るように言葉を紡ぐ。本気で魔女がいるとは思わないが、それに足る理由があってもおかしくは無い。どの道、長閑な道中は暇になりがちなのだ。こうやってちょっとした話題に食いついていかなければ、楽しむこともできない。


「魔女ですかぁ。ブルフルスでもそういう話はありましたねぇ。良くあるのは魔女の妙薬とか、…魔女が作った幸運のチャームですかね。買うとお金が儲かり身長は伸び彼女ができるそうですよ」


「むしろそれは…魔女が付いているせいで逆に胡散臭いですわね。効果のまったく違う三重付与のチャームなんて早々ありませんわよ」


「あはは。流石にそれは偽物だろうね。私も小さな頃に領都の春祭りで騙されたよ」


 商業の盛んなブルフルスにはそういった噂も集まるかと思ったが、ルミエの口から出てきたのは明らかに怪しい商品の話だ。むしろ拝金主義者の多いブルフルスには魔女の話題は似合わないのだろうか。


「それで、この先に居るって魔女はどんな魔女なの?」


「なんでも…、森で迷った末に辿り付く場所には魔女が住んでいて、魔女が何でも一つ願いを叶えてくれるって与太話よ。一つだけだから、お金を儲けて身長を伸ばして彼女を作るのは難しそうね」


「へぇ、でも凄いですね。何でもですか」


 噂話を盗み聞きしていたイブキがナナの質問に答える。一つだけなら叶えてくれると言う事は、身長を伸ばすことだけなら叶えてくれる…。と思いきや、実は彼らの話には落ちがあったのだ。


「迷った末に辿り付くってのがこの話のミソなんだろうな。魔女に頼む願い事は正解があるんだ。正しい願いは一つだけ。森の外に連れて行ってくださいって願わなければいけないんだ。それ以外だと、たとえ願いが叶ったところで森からは出られないって訳だ」


「森の外に案内してくれるだけでは、単に親切な人と変わらないんじゃ?願いを増やしてくださいとかは…こういうお話じゃご法度かな」


「…迷って出てこれなくなるんじゃ…誰がその事を伝えたのでしょう…?」


 俺が噂話を話していた盗み聞き先のように落ちを語って見せれば、ナナとタルテから突込みが入る。確かに少しばかり疑問の残る結末に、よりこの噂話の信憑性が落ちたように感じる。


「だから言ったでしょ。下らない話だって。こんなのは話半分で聞いておくのが丁度いいのよ。タルテが言ったように矛盾点があるじゃない」


「まぁいいじゃないですか。あまり肩肘張った話ばかりでは詰まらないですわ。むしろ、そういう不可思議な点があるからこそ想像の余地があるというもの」


 そう言いながらメルルが食後の紅茶を口に運ぶ。下らない話ではあったが、場の空気が和やかになる。メルルにつられるようにして、他の面々も紅茶に手を伸ばして食後のひと時を楽しんだ。


 …願いを叶えてくれる魔女。確かに魔法を極めた魔女にできないことのほうが少ないだろうが、いかに魔女であっても神様ではないのだから何でも叶えるというのは言いすぎだろう。それに魔女だなんて大層な者がいるとは思えない。現実的に考えれば…人に好意的な妖精種がいるとかだろうか…。送り狼よろしく、迷子を送ってくれる存在は多い。


「…前から思ってたんだが、男が魔女になったらなんて言われるんだ?」


「そういえば、歴史に名を残す男の魔法使いも居ますが…、魔女と評されるほどの腕前の方は寡黙にして存じませんね。魔法適正の性差のせいでしょうか?」


 魔法使いは女性のほうが数が多く、腕前も女性のほうが高い傾向にある。格段に違うというわけではないので、男でも強い魔法使いは居るのだが、統計的にその傾向は証明されている。


 それが性差の何によって齎されるかは判明していないが、女性のほうがマルチタスクが得意という話もあるし、そういった要素が魔法適正にも影響しているのだろう。


 …前世の姉もマルチタスクが得意であった。特にテレビの視聴とポテチの飲食を同時に行う様は、どこか貫禄があるほどに見事なものだった。俺は柄にも無く、遠い昔の記憶を思い起こした。


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