眠りの森

第417話 王都に向かう道

◇王都に向かう道◇


「ようやく、中ほどまで辿り着いたね。…だいぶ足止めされたから間に合わないからヒヤヒヤしたよ」


 ゆっくりと腰を下ろしながらナナがそう呟く。そして目の前で焚かれている焚き火に手を当てながら、そこにある鍋の中身を見つめている。


 ここは丁度ブルフルスと王都の中間にある野営地だ。王都と地方を結ぶ太い街道であるため、中々に大きな野営地で、俺ら以外の人で賑わっている。標準の旅程であるなら全ての晩に宿場町に泊まれるようになっているのだが、ここは道を急ぐ人間が泊まるような場所だ。それでも結構な人数がいるため、この街道の利用率の高さが伺える。


「向こうが軍馬を手配してくれて助かったな。馬が違うだけでここまで速度が違うとは俺も思わなかったよ」


 あの後、簡易的な取調べに加え、イブキが海賊の拠点を知っていたためにその情報の報告と中々に時間を食い、メルルの容態も悪かったために更に一泊することとなったのだ。向こうも気を使ってくれたのか、王都に向かう足として軍馬を用いた馬車を都合してくれたと言う訳だ。一応は完全なるサービスではなく、街に偏ってしまった軍馬を王都の軍施設への運搬するという名目になっている。


 海賊を討伐するために即座に海軍が差し向けられたのだが、その拠点にはイブキの協力者が未だに取り残されているらしく、彼女は捕まらないわよねと心配していた。恐らく、海賊の一味と思われて捕まることを心配しているのだろう。その二人組みのことを伝えているため、流石に捕まることは無いはずだ。その協力者がお尋ね者ではない限りは。


「ふぁあ、外でも焼きたてのパンが食べれるんですねぇ」


「えへへ…。このスープも不思議な味がします…。食べるほどお腹が空きますね…!」


 ダッチオーブンで焼いたパンを頬張りながらルミエが微笑む。野営は初めての経験らしく、意外にも楽しそうに振舞っている。そして、タルテがおいしそうに食べているのはカレーもどき。港町で買ったスパイスを贅沢に使った一品だ。余りにも匂いが凄いので、魔物の生息地近くで作るのは怖いのだが、太い街道であるここならば問題はない。


 遊びに行ったわけではないが、せっかくの港町ということで各々がお土産をだいぶ買い込んでいる。ナナは個性的な置物、メルルは織物、そしてタルテは何処で買ったのか小さな錨を買い込んできている。ちなみに俺のスパイスは水没してしまったために態々、港町で買い直したものだ。


「ハルト様、この先の道は大丈夫そうですか?今も情報を集めているのでしょう?」


「今のところ盗賊だとか土砂崩れなんかを話している奴は居ないな。…主な話題は独特な匂いを発する俺らのスープだ」


「ホント凄い匂いよね。狩の最中には絶対に食べれないわ。…虫除けには使えるかしら」


 こうやって晩飯を食べている間も、俺とイブキは風を使って周囲の行商人の会話を盗み聞いている。もちろん、後ろ暗い目的ではなくこの先の道の状況を知るためのものだ。道を急いでいるためにギルドから新鮮な情報を得られていないため、こうやって仕入れる必要があるのだ。


 周囲の会話を盗み聞く限り、この先は安全なようだ。もとから整備の行き届いている街道であることに加え、先日の騒動のために軍の一部が王都からブルフルスに向かっているため、賊の類もなりを潜めているらしい。


「…ふふ。このスープもそうだけれど、星落としも話題になっているじゃない。どう?有名人になった気分は」


「馬鹿言え。俺の名前なんて一言も出ていないだろ。それとも、自己紹介しに行けってか?」


 星落としだけじゃなくてブルフルスの戦乱も話題に上がっている。とくに戦争関係の話題は商売に直結するため彼らも盛んに情報交換をしているようだ。これが海賊が責めてきただけなら多少話題に上るだけなのだろうが、ネルパナニアも噛んでいる可能性があるため、より人の耳目を引き付けているようだ。


「…ブルフルスは大丈夫でしょうか…。もし戦争になっちゃったら…」


「軍の方も言っていましたでしょう?出鼻をああも挫かれたのならば早々に戦端は開かれませんわ。なんなら神殿の方々を避難できるように手配しましょうか?…貴方を呼び寄せたお嬢様はそれができる子ですわよ」


 先ほどまでは幸せそうにパンを食べていたが、先日の騒動が話題に上ったためかルミエの表情が曇る。やはりまだ後ろ髪が引かれているようで、この旅路の最中もこうやって時折悲しそうな表情を見せるのだ。


 ルミエはとうに故郷を離れる決心をしていて、治療魔法を極めるまでブルフルスには戻るつもりは無いらしいが、それと故郷を心配する気持ちは別だ。恐らく、ブルフルスに残ったところで大して力になれないことも悔やんでいるのだろう。


「大丈夫ですよ…!心配ならばその分鍛錬をすればいいのです…!積み重ねた力は人を救う武器になります…!」


「は、はい。ありがとうございます!」


 ルミエの今の一番の目標はタルテだ。あの夜を通してタルテはルミエに戦う光魔法使いの姿を十分に見せ付けたため、自分もタルテのようになりたいと思っているようで、龍であること以上に尊敬の眼差しで見つめている。


「…んん?ブルフルスの話題だけじゃなくて、面白そうなことも話されてるぞ」


 俺は耳に入ってきた話題を皆に伝えるようにそのまま口にした。少し強引ではあったが、空気が重くなったために話題を変えたかったのだ。いくら風魔法に習熟していても、場の空気を軽くすることは中々に難しい。


「面白いって、もしかして向こうの傭兵だか狩人が喋っている話?…あんたね、話題を振るにしてももっとマシな話にしなさいよ」


「いやでも、どの話か推測がついたって事は、イブキも少しは面白いって思ってるんだろ?」


 俺と同様に風でその話題を聞いていたイブキが呆れたようにこちらを見てくるが、この際話題が変えられればなんでもいい。


「ちょっと、二人だけで内緒話はやめてよ。何の話なのさ」


 ナナが拗ねたように口を尖らす。イブキはくだらない話と判断したようだが、中身を聞いていない他の面々は興味深げに俺とイブキに視線を向けている。ここまで注目されると逆に話しづらいが、俺は耳にした話を、まるで怪談を語るように口にし始めた。


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