第416話 剣折れて盾破れて

◇剣折れて盾破れて◇


「あぁぁあ!ハルトさん!よかった…。助けてくださいぃ…」


 俺が近付くと、泣きの入ったルミエが声を上げる。信者に囲まれたルミエは星が落ちたことは心配ないと半ば自棄になって説明しているが、星が落ちたのは魔法と言っても説得力がなく、不安を感じた信者達は彼女に祈ることを止めない。


 どうやら海賊騒動に加え、ナナが紅蓮の鳥で火を放ったこともあり、対岸のこちら側でも随分とあの戦闘の目撃者がいたらしい。これが少しばかり規模の大きい魔法であればルミエに人が集まることは無かっただろうが、星を落とすなんて魔法は神話の中にしか存在しない。神代の事象が現実に起こったために、こうも人心が乱れているのだ。


 …ちなみに、星が落ちたと見間違うほど、高所から突撃する魔法は神話にも存在しない。一人ぐらい空から突っ込んでくる神様がいてもいいとは思うが…。


「ハルト。おはよう。身体には問題ないとは聞いていたけど…少し心配したよ…」


「うん…。うん…。問題ないですね…。えへへ…。私の魔法はどうでしたか…?」


 俺の姿を見たナナは微笑みを向け、タルテはぺシペシと俺の身体を叩いて問題が無いことを確認する。俺は軽くタルテの頭を撫でて返答を濁した。ピーキー過ぎてかなり苦労したとは言いにくい…。


 それで、この信者達をどうするかと頭を悩ましていると、騎士の一団が近くを通り抜けてゆく。そして、それと入れ替わるように軍に説明をしていたはずのメルルが俺らの元に姿を現した。彼女の背後には二人の軍人が肩を並べて付き添っており、寡黙な表情ではあるがこちらを観察するような目線が向けられる。


「あら…。ハルト様も目が覚めましたのね。ご無事なようで何よりですわ…」


「むしろあんたの方が不調そうね。…大丈夫?」


 ただでさえ白い肌をより白くした、どこか病的な顔色のメルルが、どんよりとした空気を背負いながら溜息と共に言葉を吐き出す。度重なる魔法の行使に入国手続きの根回しに騒動の説明、昨夜から随分と無茶をさせたようで、かなり疲労しているようだ。


「私もようやく開放されたところですわ。…まったく、危うく王都から天文学者スターゲイザーまで召還されるところでした」


 その言葉に俺は肩身が狭くなり、つい身を竦ませる。そこまで悪いことをしたとは思っていないが、苦労を掛けたことには変わりない。流石にずいぶんと具合が悪そうに見えるため、彼女の後ろに侍っている軍人も、心配そうに彼女のことを見ている。メルルは自身の発言力を高めるため貴族の子女であることを明かしているのだろう。そんな彼女が倒れたとなれば責任問題にもなるため、彼らも内心では不安を感じているはずだ。


 そんな体調が悪そうなメルルをここまでつき合わせたのは、星が落ちたことよりもブルフルスとネルパナニアの動向のためだろう。今でこそ二国間は落ち着いてはいるものの、ブルフルスに対してネルパナニアが戦線を開いたとなれば傍観している訳にもいかない。だからこそ比較的事情を知っているメルルをここまで付き合わせたのだ。


「メルル様。最後に…」


「ああ、そうでしたわね。まだ残っていました…」


 軍人の一人がメルルに耳打ちをする。メルルは目頭を押さえながら、俺らに付いて来る様に声を掛けた。一応はメルルだけでなく最後に全員に見分をするらしい。


 信者達が軍人にルミエが連れて行かれることを心配そうに見つめるが、捜査協力のためだと説明し、都合よくこの状況から脱出できるとむしろ乗り気でルミエはメルルに付いてゆく。


 先ほど慌しく動き回っていた騎士が向かっていった場所に俺らも足を進める。関所も兼ねた軍事施設のようで、砦というよりは倉庫のような印象を受ける。輸入品の検査や押収した密輸品を置くためにも使われているのだろう。


「あれは…えっと…」


「慣れない内は…直視しないほうがいいですよ…」


 倉庫のような空間には船の残骸に布が被された…。こちらの岸に流れ着いたのか、あるいはブルフルスから融通されたのか…。なぜここにあるかは不明だが、少なくともその人が寝ているような布の膨らみに何が隠されているかは、鉄火場を知らないルミエにも推測できたようで顔を青くしている。


「ああ、申し訳ありません。メルル様が平気なお顔をされていたので…、少し刺激が強いですね」


「私は平気ですが、説明したとおり彼女は一般人ですわ。そこは気を回してくださいな」


 ルミエの様子を見て、軍人の一人が視線を遮るように立ち振る舞う。そして、そのまま俺らを傍らにある一室に案内してくれる。そこもまた、応接室や取調室ではなく倉庫の一角のような部屋だ。寛げるように椅子が置かれているものの、机の上に並んだ物品がその印象を強くしてくれる。


「これは…勇者の…」


「ええ、そうです。メルル様の証言では、あなたが仕留めたそうですね」


 机の上には勇者の使っていた剣と盾も並んでいる。それを見つめる俺に軍人はメルルから聞き取った調書を確認させるように話し始めた。途中で気絶した俺にとっては事の顛末を知るに丁度いい機会だ。ルミエが現在のブルフルスの状況を気にしていることもあって、軍人は問題のない範囲でそのことも語って聞かせてくれる。


 現在、ブルフルスを襲った海賊は既に逃走しているらしい。また、ナナがネルパナニアの軍船に目立つような攻撃をしてくれたおかげで、奴らの侵入も防ぐことができたのだとか。結局は、俺が勇者の船を藻屑に変えたことで決着が付いたらしい。


「それじゃ、ブルフルスは無事なんですね!?」


「ええ、まぁ。ネルパナニアとは緊張状態に陥っていますが、今は戦闘が終わって小康状態に入っていると聞いております。…このまま戦争に突入するというよりは、三国間での話し合いが始まるかと…」


 ルミエの身の上は知っているためか、軍人は意外と彼女に寄り添って答えてくれる。


「それで…そちらが星落としの彼ですか…。いや、まぁ…疑っているわけでは無いですが…。何で生きているんですか?」


 酷い暴言にも聞こえるが、高高度から船を破壊する速度で突っ込んだ俺が無傷であることを不思議がっているようだ。メルルがタルテの魔法のことも伝えているそうだが、それでも疑わずにはいられないのだろう。


 流石にもう一度再現するつもりは無いため、俺は苦笑いでその問い掛けを誤魔化す。むしろ、俺よりタルテに訊ねて欲しいものだ。


「勇者は見つかったのか?この剣と盾を見れば、無事ではないはずだが…」


「…死体は見つかってないそうだよ。でも流石に、あの攻撃で生きているとは思えないかな。…これはハルトと一緒にルミエちゃんが引き上げてくれたの」


 吉兆示す破邪の剣アガスティヤ凶兆阻む加護の盾シャニラーフも見事に破壊されてしまっている。盾なんかは、全ての破片を集めても元の形には成らないほどだ。破格の性能の武器であったため少しもったいない気もするが、打ち勝った証でもあるため少々誇らしい。


 …ちなみに素材だけでも中々の価値があるのだが、証拠品でもあるため穏便に没収されることとなった。


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