第415話 星降りの夜が明けて

◇星降りの夜が明けて◇


「…なさい…。…ハルト…!…目覚めなさい…!」


 どこか朦朧とする意識の中で、声が聞こえる。囁くような…、それでいて大声で叫ぶようにも感じるが、どうにも霞がかった頭ではそれを判別することにまで意識が向かない。


 俺は二度寝をするような心地で再び意識を沈めようとするが、語りかけてくる声がそれを許さない。段々と乱暴になってくる声に俺の意識は引っ張られ、水の中から浮上するように意識が覚醒する。


「うう…。…あと…一日…」


「いつまで寝てるのよ!さっさと起きないとドタマぶち抜くわよ!!」


 睡魔にしがみ付かれながらも俺は金切り声に目を開く。そこには横になった俺に向けて魔弩を構えるイブキの姿があった。その瞬間、俺は意識を失う直前の記憶が思い起こされ、慌てて飛び起きた。…決してイブキのことが怖かったからではない。


 周囲を見渡せば、俺が寝かされていたのがどこかの宿の一室だと分かる。着ていた筈の着物は脱がされており、ベッドも清潔な白さを蓄えている。


「勇者はどうなった!?他のみんなは無事か!?」


「…勇者は倒したし、みんなも無事よ。…ただ、それよりも真っ先に言わなきゃいけないことが有るんじゃないかしら?」


 どこか棘のある言葉と共に、冷ややかなイブキの目が俺に向けられる。今の状況から考えるに、俺は勇者に突っ込んだ後、そのまま気絶したのだろう。つまり、彼女達が俺を回収してここに寝かしてくれたと言う訳だ。


「あ、ああ。随分世話を掛けたみたいだな。ありがとう」


 俺の灰色の脳みそが即座に状況を推理して感謝の言葉を紡ぐが、それでもイブキの視線は冷たい。


「まずはごめんなさいでしょ!!何よあの攻撃!今回の戦闘で始めて死ぬかと思ったわよ!」


「あ、あの攻撃…?ええと…ちょっと待ってくれ…」


 バッドコミュニケーションを見事に叩き出した俺は、頭に手を当てて記憶を探る。…夜空を駆け、驚愕の顔を浮かべた勇者に突っ込み…、そのまま勇者ごと船を破壊して…、その辺りで記憶が途切れる。…意識が飛ぶ瞬間には水流に揉まれていた気もするが、それが夢であったのかはっきりしない。


「ゆ、勇者ごと奴の船を破壊した記憶はあるけど…、…もしかして巻き込まれた?」


「あんな速度で突っ込んできて直ぐ近くに居た私達が無事だったと思う!?瞬きした瞬間に船が爆ぜて、そのあおりを受けてこっちの船も転覆よ!」


 くどくどとイブキが俺に彼女達の状況を教えてくれた。どうやら、俺はかなりの速度が出ていたらしく、近場にいた彼女にとっては、空から俺が突っ込んできたというより瞬間的に勇者の船が粉みじんに爆ぜたように見えたらしい。


 そして彼女達を襲う衝撃波とそれによる高波。俺の落下攻撃を見たことあるナナが、直前に慌てて船にしがみ付くように声を掛けたらしいが、結局は高波に飲まれて船が転覆してしまったらしい。…高波ならメルルが防げたかと思ったんだが、どうやらメルルは魔法の使い過ぎでダウンしていたそうだ。ルミエも水魔法は使えるが、魔法を用いた戦闘を経験していないため即座に高波に対応できるほどの構築速度が無い。


 そして、イブキ曰くそこからも散々であったらしい。メルル、そして俺に強力なバフを掛けたタルテは満身創痍。イブキも身体が小さいために春先の河の水に漬かれば瞬く間に体温が下がる。その状態で船の破片と共に沈みゆく俺を救出することになったのだ。


 …話を聞く限り、俺を助けたのは凍えていたイブキではなく、泳ぎが得意であったルミエらしいが、迷惑を掛けたことには変わりない。


「そ、それで他の皆は…?」


「そうね…。そうだったわね。そのために態々あなたを起こしに来たのよ。…随分と面倒なことになっているわよ。さっさと外に出る準備をして」


 今いる場所も不明で、ナナ達の姿も見えなかったため、俺は話を逸らすついでにイブキに訊ねる。その言葉を聞いて、イブキは何かを思い出したようで、今度は俺のことを急かし始めた。


 俺はその声に後押しされるように着替え始める。…既にタルテのバフの効果は切れているが、山刀は変質したままだ。鞘に収まる形状でなくなったため、仕方なしに布で巻いて背中に括り付けた。


「随分と賑やかだな…」


「ここはブルフルスの対岸にある街よ。…ホント、ここまで泳ぐ羽目になって散々だったわ」


 宿の外に出ると、随分と日が高く上っており俺は眩しさに目を細めた。どうやら寝てる間になんとか入国することができたらしい。騒がしいのはブルフルスに海賊が押し寄せ、ネルパナニアの軍船も進入しようとした騒ぎがこちらにも伝播したのだろうか。


「それで、面倒なことって…?」


「アレよアレ!…ある意味アレもあなたのせいなのよ…!」


 イブキがイラついた顔で前方を指差す。そこには人だかりができており、なにやら跪いている人もいる。あの集まりがいったい何なのかと俺は目を凝らすが、その人だかりの中心では…、なぜかルミエが崇められていた…。


 必死に人々に向かって何かを説明するルミエの脇で、護衛のためかナナとタルテが立っている。集まっている人々は彼女達に押し掛けるような素振りはないが、どうにも縋りつくような必死さが見て取れる。いったいどういう状況なのかと、俺は隣に立つイブキに視線で問いかけた。


「誰かさんが派手な攻撃をしたせいで、星が落ちたと大騒ぎよ。何かの凶兆か、海賊に対する神罰なのかと、信徒達が巫女であるルミエに詰め掛けてるの…」


 呆れたような、それでいて責めるような声でイブキが答える。どうやら、ブルフルスの街を襲った騒動に星が落ちたことが加わって、随分と住人の不安を掻き立てているらしい…。聞けば、姿の見えないメルルは軍のほうに説明をするために出向いているらしい。


 …なんて説明しているのだろう。仲間が空を飛んで星となって落ちてきたと言っているのだろうか…。検証のためにもう一度やれと言われないことを願いながら、彼女達に向かって足を進めた。


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