第414話 会心の一撃見舞う

◇会心の一撃見舞う◇


「おいいいいい!行き過ぎっ!行き過ぎぃ!?」


 俺、ハルト。今、上空数千メートルにいるの。別に遊覧飛行を楽しんでいるとか、勇者から逃げ出したとかそんな訳ではない。そもそも、いくら俺の風魔法でもグライダー無しで空を飛ぶなど不可能だ。


 ではなぜ空を飛んでいるかというと、タルテが施してくれた回復魔法のおかげだ。タルテから説明を受けたわけではないが、俺の身体の状況を考えればどんな魔法であったかが判断できる。まずは回復。俺の腹は勇者の剣のせいで貫かれたはずだが、綺麗さっぱり修復されて、血で汚れてはいるものの傷一つ無い状態だ。


 そして何より、今の俺には途轍もなく強力なバフが掛かっている。そのバフのせいで俺は今、空を飛んでいるといっても間違いではない。魔法のせいで活性化した俺の魂は、意識的にはもちろん無意識であっても風を従え操り始める。普段よりも数倍強力になった風魔法のおかげで魔法のみで空を飛ぶことを可能としたのだ。


 少し動こうとしただけでも強力な風が吹いて周囲を飲み込むので、空を飛び始めたのは一時避難する目的もある。バフを掛けてくれたのはいいが、余りにも強力すぎるため、慣らし運転なしには戦える状態ではないのだ。


 今の俺の身体はピーキーなモンスターマシーンだ。俺は夜空を飛び回りながらじゃじゃ馬となった身体を慣らしてゆく。本来であれば息をするのも困難な高度、速度だが身体の周囲にはバリアのように強力な風壁が張られ、肉体自体も光魔法で活性化されて破格の強度を得られている。


「お前も、まぁ、随分と変わっちゃって…。どうすんだよ。鞘は新調するか…?」


 俺は両手に持った山刀マチェットに目を向ける。


 先ほど、タルテにより治療されたのは俺だけではない。吉兆示す破邪の剣アガスティヤの攻撃で削られた山刀は、今にも折れそうなほどにダメージを受けたはずなのだが、タルテの魔法によって修復され、更には俺の身体から溢れた魔力を食い散らかしたことにより、その姿を随分と変えている。


 剣身は分厚く、それでいて鋭さを増し、山刀というよりは剣鉈や青龍刀のような姿に変わっている。刃元には吉兆示す破邪の剣アガスティヤによって削られた円弧状の小さな窪みが残っているが、それが却って食らいつく牙のような鋭さを印象付ける。


 そして何より、この剣には俺以外の魔力が宿っているのだ。…使用者の魔力によって育っていくとは聞いてはいたが、近くに居る者の魔力まで宿すとは聞いていない。


「…俺より手が早いとか…。なんか剣に先を越されたようで妙な気分になるな…」


 剣を逆手に持ち、魔力を込めれば、それに反応するように剣が記憶した魔力が励起される。身を焦がすほどに熱く、それでいて生命の強さを感じるこの魔力は俺ではなくナナのものだ。


 剣が宿したナナの魔力を火種として、俺の風を過剰に供給すると、青炎が吹き上がってアフターバーナーが点火したかのように加速し始める。蒼い炎を翼のようにして、俺は夜空を裂くように突き進む。対象物が近く似ないため速度は不明だが、タルテの強力なバフにより、それこそヘイパーコーンを発生させるまで加速できるような全能感が沸きあがってくる。


 だが、いつまでもここで飛行を楽しんでいるわけにはいかない。タルテのバフがいつまで持つかも不明だし、何より残してきた皆が心配だ。俺は自分の遥か下方に向けて顔を傾ける。


「暗いな…。船が燃えているからあの辺りだと思うが…」


 星明りのある夜とはいえ、上空から視覚にて把握するには余りにも暗い。どこがナナ達の居る所かと、俺は目を皿のようにして探る。まさか飛び立った場所を見失うとは思っていなかったため、多少の焦りを覚えるが、その焦りを払拭するように地上にて光が灯った。


「…?えぇ?…ここにきて勇者が優しさに目覚めた…?」


 俺の目に飛び込んできたのは、勇者の持つ凶兆阻む加護の盾シャニラーフの赤い光。それがそれこそ飛行場の滑走路灯火のように瞬いているのだ。


 …流石に勇者が俺の着陸のために光を焚いてくれているとは思えない。しかし、あの光は紛うことなき勇者のもので、時折大きく光ると、勇者の乗る船が照らし出されているのだ。


 その光を眺めていると、蒼い炎を纏った俺の剣がそれに答えるように炎を噴出させる。俺はあの光を誘導灯と認識したが、どうやら剣は挑発と受け取ったらしい。先の勝負で吉兆示す破邪の剣アガスティヤに競り負けたことも許せないのか、魔剣として成長した俺の剣は借りを返せと嘶いているのだ。


「まぁ、あれが誘導でも挑発でも、やることは変わらないよな」


 どの道、今のバフモリモリ状態では、お淑やかな着地などできない。ノックしたつもりでも扉を吹き飛ばすような出力なのだ。だからこそ、やれる戦法は限られている。


 …あの時より速度も高度も格段に上だが、今の肉体なら耐えることは出来るはずだ。近くにナナ達が居るのが多少心配だが、高波が起きてもメルルが水魔法で防いでくれることだろう。


 俺は更に剣に魔力を供給して、赤い光目掛けて加速してゆく。蒼い炎が空中に尾を引いて、まるで彗星のように空を流れ落ちる。


 風壁のバリアに蒼炎の加速。魔法を用いているものの、やっていることは純粋な体当たり。だからこそ、その魔法の発動を補助する宣誓句も呪文も存在はしないが、必殺技故に名付けずにはいられない。


「あの盾が凶兆を阻むなら、俺こそがその凶兆だ。阻めるものなら阻んでみろよ…」


 天に蒼い尾を引いて突き進む俺の姿は、まるで彗星だ。…古来より彗星は凶兆の化身。なればこそ、勇者を貫くには相応しい。恐れ見よ。天駆ける蒼き兇星を。


「天に悪しき神有り。名を天津甕星あまつみかぼし…」


 その夜。サンリヴィル河に星が落ちた。


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