第410話 ありきたりな魔剣
◇ありきたりな魔剣◇
「…氷の魔法を使うということは…、北のガムルト族か…?高く売れるが…、…仕方が無いな」
相対する男。ポルックスが手に持つのは二本の
軽やかなステップを舞うように刻むハルトと違い、ポルックスは太い足でしっかりと根を張るように甲板を踏みしめている。揺れる船上であっても重心を安定させるための歩方なのだろうが、その違いにナナは警戒するように視線を険しくさせた。
「氷魔法?ああ、そういう…」
どうやら敵はナナが氷魔法使いだと勘違いしているようであったが、それをあえて指摘するほどナナはお人よしではない。
なにより、目の前にいる男はそんな小さな勘違いも味方に付けておきたい。武勇を語るような大柄な体はもとより、彼の持つ
「ああ…カロン。あるいはカローン。ステュクスの河へ導きたまえ…。プルートの元へ誘いたまえ…」
そして、その雰囲気が見せ掛けだけのものでは無いと証明するように、彼の口から呪文のような言葉が漏れる。力ある言葉ではなく、ある種の自己暗示…。それは祈りの原型とも言える行為で、聞かせることではなく、唱えることに意味が生まれる。
どこか恍惚とした表情で言葉を紡ぐと、彼の持つ
「水の刃…。なるほど、魔剣使いってことなのかな?」
「凍らせたって無駄だぞ。…むしろ、そうしてくれたほうが破壊力が出る」
水を纏う魔剣は、言ってしまえば良くある魔剣だ。魔剣自体は希少なものではあるのだが、その中でも良く見る種類に分類されるのだ。しかし、それは逆に有用な魔剣の裏づけでもある。もちろん、作成が比較的簡単ということもあるのだが、変に尖った能力の魔剣よりも使い勝手がよく、愛用するものは多い。
それに、全てが同じ能力を備えているわけではないため、警戒は必須だ。単に決まった形に水を纏うだけの剣もあれば、メルルの血刃のように瞬間的に切っ先を伸ばすような代物も存在する。ナナはポルックスの魔剣の能力を探るように目を這わせた。
「なに、悠長にしている…。戦闘が始まってから考えるのは…遅い」
「勝手に身体が動くように訓練しているからね。暇してる頭ぐらいは使ったって損はないでしょ?」
放たれた水の刃をナナは
そして、瞬間的に水に戻ることもやらなかっただけで不可能ではないらしい。舶刀は波刃剣の剣身を滑るように移動すると、切っ先近くに移動した瞬間に水に戻って即座に固まった。水の刃には波刃剣の切っ先が絡め取られており、その瞬間にナナはポルックスの目的を察知する。似たような戦法を、メルルが血の刃で仕掛けてくることが合ったからだ。
「…手荒なエスコートは受け付けないよ」
「おっと。判断が早いな。…だが、どうする?死に体だぞ」
ポルックスがナナの剣を強く引くのに合わせて、ナナは踏み込んで抵抗する。絡め取った剣を引き寄せることで姿勢を崩し、空いているもう片方の舶刀で止めを刺すという単純ながらも強力な戦法だ。しかし、それを予期していれば十分に対応することも可能だ。
だが、ポルックスは絡め取った剣先を離すようなことはしない。その状態ではナナは満足に攻撃も防御も取ることが出来ないのは変わりない。だからこそ、ナナは自分の魔剣の力を解放させた。
「いつまで掴んでるつもりなのかな?手荒な男は嫌われるよ」
冷たい炎の魔剣。自身の熱を強制的に転移させる絶対零度の魔剣が、ナナの火魔法の熱を水の刃に余すことなく伝える。それは単なる加熱とは違い、瞬間的に水の刃を膨張させた。
小規模ながらも、強烈な炸裂音と共に水の刃が爆ぜる。その衝撃と高温の水蒸気は、持ち手であるポルックスに降りかかった。
「ぐぅ…。…お前…、氷魔法使いじゃないのか…」
「そんな自己紹介をした覚えも無いけど。なに?勘違いしちゃった?」
半身から湯気を立ち上らせながら睨むポルックスを、ナナはまるでメルルのように嘲る様に微笑んでみせた。それに自分で気付いたナナは腹の黒さが移ってきたように思えて、小さく咳をして佇まいを直した。
そして、ここまでくれば隠し事は無しだと、ナナは波刃剣に炎を纏わせる。剣先で甲板を軽くなぞれば、濡れた木板が湯気をあげながら乾いていき、黒い焦げた線をそこに刻んだ。
「そっちも…魔剣か。こりゃいい。殺しちまっても、…剣は売ることができるからな。しかも…炎の魔剣。
「…意外とお金に目が無いのかな?」
「単に殺すより、…報酬があったほうが面白いだろ?…困難な殺しには特別な報酬…。…それがいいんじゃねぇか」
ニタニタと笑う様子は戦闘狂か快楽殺人者に見えるが、嗜好は一部の狩人に近しいものがある。それは自分の命すら軽視して、大物を狩ることに執着する血に酔った狩人のものだ。
水蒸気爆発により火傷を負ったポルックスだが、その火傷は軽症といえる程度で、まだまだ余裕のある振る舞いを崩さない。彼が水が蒸発した舶刀を眼前に翳すと、再び水が集まり刃を構成してゆく。
そして、水の集積はそれに留まらず、彼の足元に押し寄せるように集まっていった。
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