第409話 氷の花が解けた後に

◇氷の花が解けた後に◇


「…!?…ディギン!…ディギン!…ディ…ギ…ン…」


 半魚人サフアグン達が悲鳴にも似た声を上げてうろたえる。それも仕方ないことなのだろう。今、船の周りには氷交じりの水流が巻き上がり、半魚人サフアグン達を巻き込んでいるのだ。彼らはメルルの掲げる黒い光が原因だと判断して一斉に押し寄せるが、それはナナとタルテ、そしてイブキが許さない。


 そして彼らのその抵抗も直ぐに収まっていく。もとから寒さに弱いのか、それとも体が濡れていたためか、彼らは電池切れの玩具の様にその動きを停止させたのだ。もちろん、彼女の魔法はそれで終わりではない。巻き上げられた水流が彼らを飲み込むと、その水が引いた後には氷の彫像が出来上がる。


 半魚人サフアグンはもちろん、甲板も、船の周囲も凍結し、巻き上げた水流も時を止めたように固まっている。さながら氷の茨が渦巻いて天に伸びるようにして固まっているのだ。それに覆われた船は白銀の世界に閉じ込められたような状態だ。


「寒っ…!?ちょちょちょちょっと!私まで氷漬けにするつもりなの!?」


「ああ、ほらイブキちゃん…。こっちに来て。暖めるから」


 メルルの掲げた黒い光が収まると同時に、頭上から悲鳴と共にイブキが降りてくる。彼女の小さな体は子供と同じで冷えやすいのだ。暴走したカスタネットのように顎を打ち鳴らすイブキをナナは庇うように抱きとめて熱を伝える。普段はツンツンしているイブキも、堪らないほどの寒さのせいか素直にナナに抱きしめられている。


「はわわわ…!メルルさん…!?大丈夫ですか…!?」


「タルテ…。悪いけどもう少し…優しく…。ちょっと力強すぎます…。私の中身が出てしまいますわ…」


 一方、メルルもタルテに抱きしめられている。やはり無理をして魔法を構築したからか、メルルは力が抜けるようにして項垂れている。


「ふぇ…!?…メルルさんの黒い中身が…!?」


「ちょっと!聞こえてますわよ!誰が腹黒ですって!!?」


 ナナやハルトがメルルのことを腹黒と言うのを聞いて、ピュアなタルテは本当にお腹の中が黒くなっていると思っている。タルテは心配そうにメルルのお腹を撫でた後、マストの脇にゆっくりと座らせた。


 本当はメルルの治療に入りたいところだが、魔法の使い過ぎによる体調不良は基本的に時間が回復させるのを待つしかない。それを加速させる光魔法もあるにはあるが、流石に今の状況で暢気に治療に取り掛かる訳にはいかない。


「…この状態で船旅は難しいね。私達で片付けないと…」


「はい…!とりあえず…、砕いて河に流しますか…?」


 船から氷山へと変わってしまったため、帆に風を吹かせても思うように進ませることは出来ない。そもそも帆も何割か凍ってしまっている状態だ。ナナは火魔法で氷を溶かし、タルテは土魔法で氷を砕くことで船を発掘しはじめる。


 蕾のように閉ざされた氷の壁を打ち崩し、半魚人サフアグンの氷像を河へと投げ捨てる。そして、ようやく見通せるようになった氷の壁の向こうには、未だに勇者の乗る船が佇んでいた。多少は離れることは出来たものの、半魚人サフアグン達のせいで、どうやら振り出しに戻ったらしい。むしろ、凍っている間も流されたのか、より近しい距離にまで近づいている。


 ナナは険しい顔で氷の壁の向こうに広がる光景に目を向けた。そして、氷を溶かす手を止めて波刃剣フランベルジュを低い位置で構えた。


「…タルテちゃん。みんなの守りをお願いね。メルルもこれ以上無理はさせられないし…、イブキちゃんもちょっと厳しいみたいだから…」


「は、はい…!任せてください…!…その…、…追加ですか…?」


 タルテは険しい顔をするナナの視線の先を辿る。そこには勇者の船とそこに佇む人影。タルテはその人影を確認すると、メルルたちを守るように立ちふさがった。


 そしてナナが勇者の船に向かって一歩前に出る。それを合図とするように、勇者の船の上に佇んでいた人影が、こちらへ向かって飛び降りてきた。


 図体の大きい男が着地したために、船が軋む音を立てながら揺れる。男は様変わりした船の様子を見渡すようにしながら言葉を零した。


「…こりゃ…、魔法で凍らせたのか?あのガキといい結構な傭兵を雇ったものだ…な…」


「今度のお客さんは鰭は生えてないみたいだね。勝手に乗り込んでくる不躾なところは変わらないけれども…」


「…お前らのところも勝手に乗り込んで来ただろうに…。…いや、聖女を招くように言われてるから、そっちは構わないのか…?」


 男は胡乱な眼差しを向けたまま小声でボソボソと喋る。そしてナナ達の様子を順々に確認すると、腰元から剣を抜き放った。抜き放たれた剣はそのままの勢いでナナへと向けられる。まるで行動の起こりを感じさせない自然体からの攻撃ではあったが、戦闘態勢を取っていたナナは的確に対応する。


 二撃三撃とナナと剣戟を重ねつつ、男は船上に目を這わす。恐らくはルミエが何処にいるのか探しているのだろう。


「…聖女は…光魔法使いだから、お前は違うよな…。護衛に回っているそっちの角の女も…違うか…」


「戦ってる最中に余所見は頂けないね。私の手を掻い潜って事を成せるとでも?」


 たとえルミエを見つけ出したところで、ナナを倒さなければ攫うこともままならない。だからこそ戦いに集中したらどうかとナナは塩を送るような提案を男に向ける。しかし、男はその言葉を聞いて軽く鼻息を漏らすように笑う。


「勘違いするな。…殺しの選別をしていただけだ…。お前は殺していい女って訳だよな」


 勢いあまって聖女を殺したら不味い。男がルミエを探していたのはそのためだけだ。そして、目の前で剣を振るうのは目的の聖女ではないと確証を得たからか、先ほどまでも感情の薄い顔から一変して、背筋に寒気を抱くほどの笑みを向けた。


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