第408話 本物の登場

◇本物の登場◇


「えぇ…!?半魚人サフアグン!?…今度のは本物?…なるほどね。こいつらが船を止めたってことかな」


 サンリヴィル河から飛び出してきたのは、どこか最近見たことのある奴らだった。大きく節ばった鱗に刺々しい鰭の類。そして、人の美醜感からしてみれば醜く映るその魚面。粘液を纏ったその体が、不快な水の音を立てながら船の縁を登ってくる。


 半魚人サフアグンは生物学的には人種の一つとして分類される。しかし、知性の乏しさと他種族を襲う凶暴性から、討伐対象として分類されている。つまり、生物学的ではなく、その生き様によりモンスターとして扱われているのだ。


 しかし、逆さ世界樹で見た半魚人サフアグンもどきとは違って無機質な魚の目ではあるが正気の色が見て取れる。体も珊瑚で作った装身具が取り付けられており、完全なモンスターではなく文明的な要素も見受けられる。


「…!?ルミエ!船倉に篭っていてくださいまし!何があっても出てきては駄目ですわよ!」


「は、はいぃ!」


「お、おい。聖女もここに入れるのかよ…。あんまここは広くねぇぞ…」


「…?あなた。まだ居たのですか?てっきりどこかのタイミングで降りたものかと…」


 ルミエを避難させるためにメルルが船倉の扉を開け放てば、そこには怯えながら身を小さくしているウメルスの姿があった。静かだったためその存在を忘れていたが、そう言えば乗せたままだったかとメルルは思い出した。


「お前らが俺をここに押し込んだんだろ!拉致だよ!誘拐だよ!帰してくれよ!」


「拉致を企んだのはあなた達じゃないですか…。何を寝言を言っているのです…。言っておきますが、ルミエに手を出そうとしたら去勢しますからね」


「お、お邪魔します…」


 慟哭するウメルスを船倉の脇に寄せ、ルミエが船倉に体を滑り込ませる。美少女と狭い密室で二人きりという状況だが、メルルの脅しが効いたのかウメルスは怯えたようにしながら精一杯ルミエから距離をとる。


「タルテちゃん!反対側は任せるよ!」


「何ですかこの人たち…!すっごい滑ります…!」


 その間にも半魚人サフアグンが船に乗り込んできて、ナナとタルテが応戦する。河から進入してくるだけあって既に包囲されている戦況だ。それに、船上であるためナナは満足に火魔法が使えず、タルテの土魔法も行使できない。その上、タルテの拳も粘液によってそらされてしまっているようだ。


「…彼らはあなた方のお仲間ですか?」


「ヒィッ!?あ、あれは魚人部隊だっ!半魚人サフアグンの一族を追放されたやつらで…、定期的に生贄を渡す代わりに戦働きをしてくれる…!」


「生贄…」


 今度は軽蔑したような視線を向けながらルミエがウメルスから距離をとる。それはメルルも同様であったようで、ウメルスを軽く蹴飛ばすと、何かあったら大声を上げるようにルミエに言いつけてから船倉の扉を閉めた。


 そして、そのやり取りを待っていた訳ではないが、戦闘準備を終えたメルルの元にも半魚人サフアグンが集まってくる。


「…フェムチュカ…ヌポォ…デュフムス…」


「チェガチェガ…アア?…『セイジョ…ドレ?セイジョ…ドレ?』」


「…驚きましたわね。こちらの言葉も喋るのですか」


 人を襲い食料にするという点が半魚人サフアグンの排他される要因の最たる物ではあるが、彼らが独自の言語を使うということも要因の一つである。多少の差異はあれども、どんな民族であっても基本的な言葉は通用する。それは、この世界に存在する言語のルーツが魔法の呪文を起源とするからだ。


 つまり、あまねく人の喋る言葉は、神々の定めた魔法の言葉を元に発展した言語であるため、国が違っても民族が違っても言葉は通用する。しかし、半魚人サフアグンの言語はその言語体系から大きく外れているのだ。


「ちょっと!船が押し戻されているわよ!こいつら、船ごと私達を回収するつもりよ!」


 マストの上からイブキの声が響く。彼女の言葉通り、船の縁に取り付いた半魚人サフアグン達が、勇者の船に向けてこの船を押し出し始めたのだ。しかし、メルルはもちろんナナもタルテも乗り込んできた半魚人サフアグンの対処で忙しい。


「…ああもう!ここは私が如何にかしないといけませんね!」


「ちょっと、メルル。大丈夫?かなり消耗してるはずだけれども…」


「ここで日和ったら女が廃りますわ!第一!水に満ちたここは私の領域!遅れを取るわけには行きませんもの!」


 ウメルスを操るために血魔法を行使し続けたメルルは既に大分消耗している。そのことをナナは心配したが、メルルは鬼気迫る様子で己が魂に火を付ける。


「メルルさん…!背中は守ります…!」


「私は前を。誰も近づけさせないよ」


 メルルの啖呵を合図にして、彼女を守るようにナナとタルテが彼女の傍らに立つ。上方ではイブキが目を光らせ、彼女達の更なる援護を展開する。


 半魚人サフアグンが突き出した三叉銛トライデントをナナが波刃剣フランベルジュで溶断し、タルテが浮き足立った半魚人サフアグンの懐に飛び込む。そして粘液で滑るからか、彼らの装身具に手を掛けると、引き千切る勢いで投げ飛ばした。最後にイブキの魔弾が彼らを襲う。マストの受けから船上を俯瞰する彼女は、隙を潰すように的確に魔弾を打ち込んでいったのだ。


「…あいよりでてあいより青く、水よりでて水より寒し。氷に鏤め水に描け!黒は青を白に染める!悪魔の氷ブラックアイス!」


 瞬間。風が渦巻く。ハルトや…あるいはイブキの風魔法かと勘違いしたくなるが、これはメルルの魔法の副産物だ。彼女の天に掲げた手に宿る黒い光が、極低温を作り出し、それが産む温度差が乱気流を発生させたのだ。


 そして風に巻き込まれるようにしてサンリヴィル河の水が取り込まれる。実際は風が巻き取ったのではなく、メルルの水魔法によるものだ。闇魔法と水魔法による混成魔法が、彼女達の乗る船を包み込んだ。


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