第406話 凶兆阻む加護の盾

◇凶兆阻む加護の盾◇


「…驚いたよ。ああ、凄く驚いた。まさか即座にここまで仕掛けてくるとはね…」


 驚愕したのは嘘ではないようで、ようやく勇者の余裕の表情を崩すことができた。しかし、それも一瞬のことで、奴の顔は得意げな笑みが張り付いた。…それも、まぁ、仕方が無い。勇者は俺の攻撃を防いでみせたからだ。


 俺の眼前にはこれ以上の接近を拒む吉兆示す破邪の剣アガスティヤの剣先が突きつけられている。そして、勇者の背面。流星錘のようなバリスタの弾が迫っていた場所には何処から沸いて出たのか円盾が掲げられ、俺の二面攻撃を防いでみせたのだ。


「…その円盾はどこから出したんだよ。ポッケに入れるには随分と大きいと思うが…」


凶兆阻む加護の盾シャニラーフ…。この吉兆示す破邪の剣アガスティヤと対になる盾さ。もちろん、こっちも単なる盾じゃない」


 吉兆示す破邪の剣アガスティヤと同様に赤金の輝きをもつその凶兆阻む加護の盾シャニラーフは、完全な円形と言う訳ではなく、ケルト十字のように十字と円にて構成されている。そして、華美というほどではないが、古めかしい文様が緻密に描かれているため、盾ではなく祭具と言っても通用するだろう。


 対になるといっても納得できるもので、吉兆示す破邪の剣アガスティヤ凶兆阻む加護の盾シャニラーフも描かれている文様は似通っている。そしてその存在感も同様で、剣と盾は双子星のように赤い光を不気味に灯している。


「なるほど…。防御はそっちの盾が担当というわけか。出し惜しみするとは、舐めたマネをしてくれるな」


「そう睨まないでくれよ。段取りだよ段取り。吉兆示す破邪の剣アガスティヤだけが第一形態。凶兆阻む加護の盾シャニラーフもそろうことで第二形態って訳さ。普段から持ち歩くのは剣だけで済むから僕は助かってるよ」


 …携帯性にも対応しているのか。より一層マルチツールみたいな魔剣だ。


 その盾の性能を確認するため、俺は近場に合った木箱を力いっぱい蹴り飛ばす。木箱は俺の蹴りの衝撃で砕け散り、そのまま木っ端がショットガンの弾のように勇者目掛けて飛び散った。先ほどの二面攻撃にも似た飽和攻撃。単なる円盾では防ぎきれない面積の攻撃をどうやって凌ぐつもりなのか俺はその挙動を確認する。


 凶兆阻む加護の盾シャニラーフは即座に反応した。剣は俺に執着しているだけで自動迎撃機能は備えていないようだが、盾のほうは俺の放った攻撃に敏感に反応するようだ。


「ふふふ。これも段取りだって言うのかな。考えなしに切ってくる輩とは違って、君の討伐は面白みがあるね」


「言ってろ。そのうちその顔を恐怖に染めてやるよ」


 盾は自動で動いているのが一目瞭然というような機敏な動きで迫る木片を阻み、最終的にいくら早く動いても防ぎきれぬ量の木片が迫ると、盾を中心に赤い光が勇者との間に壁のように立ち上り、全ての木片を見事に防いでみせたのだ。


 全ての木片を防ぎきったため、勇者には掠り傷一つ付いていない。勇者は得意げな顔で俺に向けて一歩踏み出した。甲板に散らばった木片が、勇者に踏み潰されてパキパキを音を鳴らす。その様は俺の仕出かした事なぞ簡単に踏破できると言っている様にも思えた。


 嫌な予感がして試しに飛び蹴りをしてみれば、盾が即座に俺の蹴りを防ぐ。そして、俺の予感を裏付ける挙動を示したのだ。赤い光を纏った盾は、俺の体重が乗った蹴りを受けてもビクともしなかった。剣と同じように、外力の影響を極端に阻害しているのだ。


「どうだい。吉兆示す破邪の剣アガスティヤは栄光の道を切り開く強固なる破邪の剣。凶兆阻む加護の盾シャニラーフは仇成すもの全てを阻む無垢なる盾。…つまり僕には弱点は無い。こういうのを何て言うのか知っているかい?…無敵って言うんだよ」


「…何が無敵だ。剣は全てが断てる訳ではないし、その防御性能だって全てを防いでる訳じゃないだろ」


 破格の性能だが完全無効というわけではない。全てを断てるのならば最初の攻撃で足元の船ごと断っているし、盾もその姿が見えているということは少なくとも光を阻んではいない。息をしているのであれば空気も阻害していないし、重力の影響だって受けて入るだろう。


 なにより、神の権能でもないのになぞ有り得ない。物理攻撃を透過するのであれば、攻撃が通じないことにも説得力が生まれるが、あの盾は単に極端な防御性能があるだけだ。対策は幾らでもある。


 ナナなら熱なら阻めないと火で奴を覆うことだろう。メルルであれば窒息は防げるものではないと、このサンリヴィル河に沈めるだろう。タルテならば…、…打ち抜くだろう。物理攻撃十割カットなら、二十割の物理攻撃で沈めるまでと、その拳で示す筈だ。


 俺は奴の動作的な隙、そして能力的な隙を伺うために次々と切りつける。もとより奴の振るう吉兆示す破邪の剣アガスティヤはそこまで恐ろしくは無い。身軽な俺であれば、こちらの体を動かすことで往なすことができるし、的確に俺を狙ってくる故に剣筋も予測しやすい。


「ほらみろ。何が無敵だ。そんな欠伸の出る攻撃じゃ何時までたっても俺を捕らえられねぇぞ」


「そっちこそ、無意味な攻撃ご苦労様。あまりにささやかなんで、盾をノックしてるだけかと思ったよ」


 …問題は盾のほうだ。唯でさえ剣のせいで満足な攻撃が仕掛けられないのに、盾は確実にこっちの攻撃を防いでくる。手数が売りの俺の剣術とは随分と相性が悪い。


「そんな動きでよくもまあ得意気になれるな。剣と盾に操られて随分と滑稽な動きだぞ?もしかしてその不思議な踊りは俺の精神的な動揺を誘っているのか?」


 事実、勇者の動きは少し面白い。剣と盾が自動で動くものだから、それを握っている本人は体幹と腕の動きが同期していないため、妙な不気味さがあるのだ。もしかしたらこっちのマジックポイントを下げる効果があるのかもしれない。…こっちの攻撃で誘導して、踊り子のダンスをさせることもできるかもしれない。


「……不愉快だね。君は剣術以上に人を苛立てることが上手いみたいだね。面白みがあると言った言葉は撤回しようか…」


「おいおい。これでも小さい頃は近所で評判のアイドルだったんだぜ?歩き始めた頃にはクソガキ呼ばわりに変わっちまったが…」


「…それは単に赤子だったからでは…?」


 不気味な動きであることには自覚があったのか、勇者は俺の言葉に静かな怒気を孕む。そして刺すような視線で俺を睨み付けた。そしてそれに呼応するかのように剣と盾は赤い光を強くする。


 …どうやら本気を出して俺を仕留めに来るようだ。俺の挑発が効いたからか、あるいはあの破格の能力には時間制限があるのか…。俺はその攻撃を凌ぐべく、相対するようにその視線を鋭くした。


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