第405話 星を模した武器

◇星を模した武器◇


「質量を増やしてるんじゃなくて…、どうやら外力の影響を受けていないみたいだな…」


 赤色の軌跡を描く剣をバックステップで避けて、俺はその様子を観察する。試しに渾身の力で弾いてみたが、剣はビクともせず彼の描く軌跡に沿って淀みなく動く。避けた剣はそのまま俺の立っていた場所に振り下ろされ、丈夫な魔樹の甲板を容易く切り裂いた。


吉兆示す破邪の剣アガスティヤは僕の星命を示す剣だからね。他のものには影響されない。他人の占いに使えないことがちょっと不便なところなのかな?」


「なんだ。将来の夢は占い師か?ならその胡散臭い笑みを止めるんだな。吐き出す言葉の重みが減ってんぞ」


 使用者以外の影響を受けない…。持ち主以外には持ち上げられぬほど重くなる魔剣などがあるがその亜種のような能力だ。だがしかし、完全に外からの影響を無視しているというわけでは無さそうだ。


 勇者が切りつけた甲板は剣で切り付けたにしては大仰な切断面を見せてはいるが、それでも全てが一刀の元に切り伏せられた訳ではない。もし完全に無視できるなら甲板であろうとも豆腐のように破壊できるはずだ。


 …恐らく、あの赤い光。あの赤い光が増せば増すほど外力の存在を無視できる。異常な切れ味が無いことが幸いか。触れる物の大半を押しのけることができるが、切断できるわけではない。それならば初手でやったように俺の体を流れに乗せることで往なすことも可能だ。


「手元に戻ってきたり、他者からの影響を受けなかったり、聖女を探知したり…。随分と機能が多い魔剣だな。もしかして爪切りやコルク抜きも付いてるんじゃないのか?」


「爪切りねぇ…。それなら耳かきと煙管も付いてると嬉しいかな。特に耳かきはどうにもすぐ無くしちゃうんだよね」


 甲板の板を軋ませ、俺は勇者の間合いの縁をなぞる様に移動する。そして、そこに風による急加速や急停止、方向転換を織り交ぜてゆく。そうやって勇者の剣先を舞うようにしながら隙を伺う。素早い俺の動きに勇者は多少なりとも翻弄されるが、彼の握る剣は的確に俺の位置を捉えてきている。


 今までにいろんな種類の剣士と戦ってきたことがあるが、勇者の剣術はどこか独特で癖や挙動が掴みにくい。まるで彼の言動がそのまま剣術にも現れているようだ。


「ふふふ。まるで船に忍び込んだ鼠を相手にしてるみたいだ。小さい上にすばしっこくてやんなっちゃうよ」


「…さっきはお前の飼い猫をおちょくってやったばっかりだからな。鼠に齧られてまんまとバリスタを破壊されていたぞ」


 軽口を叩きながらも変わらずに勇者は俺に向けて剣を振り払う。片手剣の軽快な取り回しで大剣を超える威力を秘めているため、どうにも攻め切れない。それに勇者は俺のフェイントに騙されず、的確に捉えてきてるのだ。


 俺はその剣筋を見て、先ほどの勇者の台詞を思い出す。…勇者は吉兆示す破邪の剣アガスティヤが俺を指し示したと言っていた。打ち滅ぼすべき敵として…。


 試しにと、俺はフェイントを挟んで少し大胆に距離を詰める。勇者の目線はフェイントに騙されたのか間違った方向を向いている。しかし、俺が距離を詰めた瞬間に、吉兆示す破邪の剣アガスティヤは赤光を増して俺に向けて迫ってきたのだ。


 来ることを予測していたため、俺はマチェットで吉兆示す破邪の剣アガスティヤを受け止め、その勢いに乗るようにして空中で回転する。そして一息入れるために勇者の下から飛びのいた。


「…もしかして、今でもその剣は俺を指し示しているのか?」


 今の攻撃ではっきりと分かった。勇者が的確に俺に反応したのではなく、吉兆示す破邪の剣アガスティヤが自動迎撃するために動いたような挙動であったのだ。


「…あら?これも分かっちゃうか。そうだよ。便利な剣でしょ?それともやっぱり爪切りが付いてないとご不満かな?」


「道理で不自然な剣筋だと思ったよ。操り人形じゃねぇか…」


「導きに従うことを操り人形と言うのは傲慢じゃないかな?導きの見えない者の嫉妬にしか思えないよ」


 右手はそっと添えるだけ。奴は剣に誘われるままに振っていたというわけか。どうりで不自然に感じるわけだ。剣に引っ張られるため行動の起こりが極端に少なく、力を込めていなくとも十分に威力が出るために姿勢が崩れていても剣を繰り出せる…。


 星に導かれてここまで来たと言っていたが、これでは星と剣の操り人形ではないか。それでも勇者は剣を所有することが特別だと認識しているのか、その得意げな顔を崩すことは無い。


 …だが、剣が勝手に動いてくれるのならば…それを利用して隙を作ることも可能だ。破砕したバリスタから俺らの船を引き寄せた鎖付きの矢玉を拝借する。鉤爪…あるいは錨にも似たそれを、俺は上空から勇者目掛けて叩き付けた。


「なるほどね。自分に反応するなら遠距離攻撃なら通るとでも…?ま、試してみることはいいと思うけど、それが通ると思うのは余りに安易な思考だね」


 間合いの外から放たれたそれを、吉兆示す破邪の剣アガスティヤは的確に打ち落とした。バリスタの弾は勇者からはそれ、彼の足元に突き刺さった。…今の攻撃は赤光は瞬かなかった。純粋に勇者の能力で打ち落としたらしい。


 魔剣頼りの勇者も決して弱いわけではない。むしろ修練を積んでいるからこそあの剣を使いこなしているのだろう。奴の言うとおり安易な遠距離攻撃で仕留めることは難しい。だが、これで分かった。奴の剣は俺を殺すことに執着しているのであって、決して自動迎撃の能力があるわけではない。


「段取りだよ。段取り。お前が言ってた言葉だろ?殺す前には段取りが必要で…な!」


「…は?」


 突き刺さったバリスタの弾を勢い良く引き抜く。甲板の木っ端が宙を舞い、大きく揺れた足元に勇者が身を竦める。そして、引き抜いたバリスタの弾を回転させるように大きく振り回す。


 鎖で繋がれたバリスタの弾は、弧を描くようにして回転する。そして、中間地点の鎖がマストに触れると、そこを支点にして回り込んだ。まるで流星錘のような攻撃方法。星が好きな勇者に対しては丁度いい攻撃だろう。


 流星錘もどきのバリスタの弾は、回り込むことで勇者の背中に向かって飛んでいく。そして、俺は挟み撃ちするように勇者に向けて駆け出した。


「一応言っておくが!その首頂くぞ!」


 剣が俺に反応するなら、背中はがら空きになる。そして逆にバリスタの弾に反応するならば今度は俺が素通りだ。なにより、剣が俺に反応するのならば、そこから飛び退く訳にも行かないだろう。


 余裕を見せていた勇者の表情が固まり、その喉元に向かって俺の剣が伸びる。甲板の上に赤い光が瞬いた。


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