第404話 赤色纏う古き剣

◇赤色纏う古き剣◇


「お利口な剣だな。勝手に戻ってきてくれるのか。飲み屋に置き忘れる心配も無いわけだな…」


 聖女探知機能ならば剣についている必要は無いが、持ち忘れ防止機能ならばあっても困らないだろう。特定の所有者に執着する魔剣の類は良く聞く話しで、かくいう親父の使っているナイフもそういった特質を持っていた。何度捨てても戻ってくると困り顔で語っていたのを覚えている。


 だが、勇者の持つ剣…吉兆示す破邪の剣アガスティヤのように即座に戻ってくる剣は珍しいだろう。投擲した後に即座に手元に出現する投槍などは聞いたことがあるが、神代の遺物レベルの代物だ。


「一応聞いておくけど、君も僕の下に付かないかな?さっきの鎖渡りを見てたけど、あれなら檣楼員として活躍できるよ?」


 檣楼員…。確かマストの上で監視をしたり、風を感じて帆の調節を指示する役職だったか。ブルフルスに来る際にも勧誘されたから覚えている。確かに風を感じることは何より船の高所で縄伝いで作業する檣楼員は俺に向いた職業でもあるだろう。


 しかし、火魔法を披露したナナを勧誘したときとは異なり、どうにも俺を見つめる目には鋭さがある。本音を語っているように見えないのは最初からではあるが、より一層言葉に重みを感じない口ぶりでもあったのだ。


「…俺がそれに頷いたとして、素直に雇うつもりなのか?随分と敵意のある視線を向けてるじゃないか」


「あれ?やっぱり分かっちゃう?そうなんだよねぇ。僕が良くても剣が君を断ち切れって言ってるからねぇ。だから君はここで船を降りて貰うね…」


 自分が良くても剣が許さない。どこかふざけた雰囲気のある勇者が戦う者の雰囲気を纏う。彼の手元では赤金色の吉兆示す破邪の剣アガスティヤが星明りを受けて瞬いた。


 そんな勇者の下に一人の男が静かに近寄る。その男も随分と堂に入った立ち振る舞いで、単なる平の船員には思えない。海賊に歴戦という言葉が相応しいかは分からないが、纏う空気が経験の多さを語ってくれる。


「…ポルックス。聖女のご案内してあげて。僕は彼の相手をしなければいけないからね。…勝手に乗ってきたんだ。密航者には罰を与えないと」


「分かりました。海魔の餌するでも船首像にするでもご自由に。…サンリヴィル河には大型の海魔は居ませんので、捨てるのならば細切れにして下さいよ」


 治外法権である船の上では船長こそが法律だ。もちろん従うつもりなどさらさら無いが、勇者と男は俺の処遇を決めてほくそ笑んでいる。


 ポルックスと呼ばれた男は、勇者の指示に従いナナ達の乗る船を捕らえようと行動を開始する。できれば阻止したいところであるが、俺と相対する勇者がそれを許さないだろう。


「一応…聞いておくけど、素直に首を差し出すつもりは無いよね?この剣なら痛みを感じることもなく終わらせられるはずだよ。知らないけど」


「それに頷く奴が居ると思ってんのか?それとも唯一神教会にはそんな聖人ばかりとでも?」


 本気で言ってる訳では無いのだろうが、余りにも無茶苦茶な要望に小さな笑いが漏れてしまう。


「段取りだよ段取り。対話は文明人たる僕らの知性の証でもあるのだから、省く訳にはいかないでしょ?やだやだ。これだから傭兵は嫌いなんだよ」


「…まさか海賊に文明人の何たるかを忠告されるとは思わなかったな」


 対話は大事だと思うが、それは妥協点の探り合いでもあるはずだ。こいつらは会話をするだけで結果は変わらないのだから、脅しや暴力通知と変わらない。現にルミエが誘いを断ったら即座に誘拐へと切り替えたのだ。


「その海賊って言うのは止めてくれないかな。僕は勇者だよ?彼らだって海賊じゃなくて一応商会のメンバーなんだ」


「やってることが賊だから海賊って言っているんだよ。それにお前だって海賊にブルフルスを襲わせているって言ってたじゃないか」


 こんな会話も奴の言うとおり段取りという奴なのだろうか。事実、俺らは会話をしながらも大してその内容には気を向けていない。実際に気に留めているのは互いの僅かな挙動だ。戦いの火蓋が切られる瞬間の些細な意識の鬩ぎ合いが会話として吐き出されているに過ぎない。


「「………」」


 そして、互いが会話を無くし一定の距離で対峙する。あと少しで互いの命に剣が届く距離。まるで時代劇の果し合いのような無言の見つめ合い。その数瞬ばかりの拮抗を、グラリと揺れた船が打ち崩した。


吉兆示す破邪の剣アガスティヤ!栄光の道を切り開け!」


 赤い光を纏った剣が俺に向けて切り払われる。鋭く振られたそれを俺は難なく受け流すが、その感触に不自然な感触を覚える。俺は無理に剣の流れに逆らわず、そのまま空中で回転して翻すように距離をとった。


「…その外見で馬鹿力って訳じゃないよな。光魔法による身体強化?…いや、それにしてはブレなさ過ぎる…。それもその剣の能力か?」


 逸らすつもりで勇者の剣に山刀を添えたのだが、奴の剣は逸れることなく剣が軌跡を描いたのだ。たとえどんな剛剣であろうとも、受け止めるなら未だしも逸らすには大して力を必要としない。逸らすのは停止させるのではなく斜め方向に加速させるようなものだからだ。


 だが、勇者の剣はビクともしなかった。それこそ触れた剣の感触は片手剣ではなく、とんでもない質量の岩にでも触れたような感触だったのだ。


「あはは。随分身軽なんだね。初手でひしゃげる奴が多いんだけど、まさか体ごと回転してなすとは思わなかったよ」


「身軽さが売りなんでね。それに防御不能の巨剣の一撃には慣れている」


 俺の動きに勇者は賞賛の声を漏らすが、どちらかというと翻弄された俺を嘲笑するような雰囲気を孕んでいる。まだ俺の剣を受けていないとはいえ、勇者は余裕の姿を崩さず、再び俺に向けて剣を振るった。


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