第403話 剣が滅ぼせと言っている

◇剣が滅ぼせと言っている◇


「それじゃ、失礼しますか。ここには窓から入っても怒る人も居ないしな…」


 俺は船の間に張られた鎖の上を綱渡りをするように、それでいてその姿を披露するようなつもりは無く一気に駆け抜ける。そして、俺は山刀マチェットを抜き放ちながら、勇者の船に向けて飛び込んだ。


 俺が鎖を伝って飛び込んできたことで、その鎖の先に居たバリスタを操っている男が驚愕の表情で出迎えてくれる。彼は鎖から飛び上がって宙を舞う俺の姿を呆けたように見つめた後、直前で我に返ってなんとか俺の凶刃から飛びのいた。


 しかし、もとからその男が目的ではない。俺はその船に備え付けられているバリスタに向けて、両の手のマチェットを叩き付けた。張力の掛かっていたバリスタに俺の剣が叩き込まれたことで、派手な音を立てて破砕される。こまやかな木片が宙を舞い、勢いよく飛び散った。


「おい!中に入ってきやがったぞ!お客さんだ!お迎えしてやれ!」


「気が早ぇ奴だな。まだ拿捕してる途中だろ?…しかも男のほうか。女が良かったな…」


 それでも慣れた事なのか、早々に俺に目掛けて人員が殺到する。まるでネズミと猫のアニメのように、俺は男達に手を掻い潜りながら、備え付けられているバリスタを破壊して回る。


「狙いはバリスタかよ。まぁ、悪くは無い手だな。初手から決死の特攻とは威勢がいいじゃねぇか」


「男と思ったが、意外と可愛い顔してるじゃん。俺はいけるぜ」


 簡単にバリスタを破壊できたのは三台ほどで、男達はすぐさま俺の思惑に気が付き、バリスタを守るように立ち塞がった。狭い船内では物理的に俺のすり抜ける隙間などは無く、さらに言えば逃げ道すら覆い潰すように人員が展開してゆく。


 集団戦術の心得もあるのか意外と隙の無い布陣に、俺はさてどうするかと頭を悩ます。ここで大乱闘してもいいが、その分本来の目的を果たすのが遅くなる。できればバリスタを破壊しきってから掃除と行きたい所だ。


 かといって俺を通してくれるお人良しには見えないので、包囲網を抜け出すのも難しい…。だが、俺が悩んだのは僅かばかりの時間ですんだ。解決案が夜空を切り裂きながら飛び込んできたのだ。


 バリスタを守るように立っていた男の肩口から吹きでる鮮血。余りにも唐突な衝撃に男達は目を白黒とさせている。…間違いなくイブキの遠距離射撃だ。


「おい…!?ぁあ?こいつがやったのか!?」


「違う!外から飛んできた!傷を見てみろよ…こいつはクロスボウだ!」


「外って…、どっから撃ってきたんだよ!?どっかに隠れてる奴が居んのか?」


 俺が何かをしたそぶりは無かった。それに男の肩口にはボルトが突き刺さっている。だからこそ、男達も第三者からの攻撃を疑ったのだろうが、俺の乗っていた船からここまでは明らかに射線が通っていない。


 そのため、男達はまだ見えぬ狙撃手を探すが、そこにイブキの姿は無い。もちろんイブキは俺の乗っていた船の上から男を打ち抜いたのであろう。彼女の空を舞う魔弾は、射線なんてものは関係ないのだ。


 …そこまで窮地というわけではなかったが、丁度いい援護射撃だ。男の一人を打ち抜いたからではない。男達はイブキを探すために俺から視線を切ってしまったのだ。


 別に男達が間違った選択をしたという訳ではない。誰だって認識外からのクロスボウの狙撃は恐ろしいし、危険度としても俺より上だ。視線を切ったとはいえ、まだ間合いに入っていない俺の警戒度は低い。


「おいおい。よそ見して良いのか?俺はもうここに居るぜ?」


「…!?」


 だが、間違いではなかったが間違いであった。俺は母親のおかげで平地人の平均程度…、いや、平均よりほんの少し…、世界樹の葉一枚ほど小さい程度の背丈だが…、これでもハーフリングの剣士である。膂力に劣り、使う得物も長大とは言えないハーフリングの剣士は、間合いを誤魔化す術を幾つも編み出してきた。


 だからこそ、春風の一族の剣術は何時の世も数歩間合いが広い。舞っていた羽は矢となり飛翔すると比喩される春風の一族の剣士から目を離すということは、致命傷になりえるのだ。


 俺の体は弦で弾かれた矢のように風で急加速する。身軽で風魔法に長けたハーフリング特有の加速方法。ハーフリングにしては俺の体は大きいが、そこは風魔法の出力で誤魔化している。頑丈な俺の肉体であれば、微風とさして変わらない。むしろ加速度で言えば父親以上だ。


「クソっ!なんだこいつ!?離しやがれ!」


「タルテ流…人間大砲。…なるほど。集団線なら効果的かもしれないな…」


 俺は間合いを一気に詰めた男の奥襟を掴むと、そのまま背後に回って掲げるように持ち上げた。そしてそのまま背後に居た他の男達目掛けて勢い良く投げ付ける。俺を包囲するために距離を詰めていたために、避けるスペースもなく男達は将棋倒しとなった。


 …我がチームの女性陣は妙に集団戦で相手を物理的に利用するのが上手い。集団戦では相手を盾にするように動けと言うが、メルルは血で絡め取って本当に盾にする。それどころか石垣代わりに人の壁を作ったこともある。そしてタルテは人間大砲…。ナナもそのうち武器代わりに敵を振り回したりするのだろうか…。


 俺は包囲網をすり抜けたため、次々とバリスタを壊して回る。さっきの取り囲まれた場所に人が集まっていたからか、意外にもスムーズと事が運ぶ。


 だがしかし、俺らの船に面した側のバリスタを破壊し終わるまであと少しというところで邪魔が入った。俺に目掛けて唐突に剣が突き立ったのだ。


 …突き立ったというのは間違いのある表現であったか。剣はまるでドリルのように回転しながら、俺の居た場所の床板をぶち抜いたのだ。そして、剣は時を巻き戻したように飛翔してきた方向に戻っていく。そこには未だに余裕の表情を崩さない一人の男が佇んでいた。


「とうとう勇者のお出ましか…」


「へぇへぇへぇ…!凄いね君。吉兆示す破邪の剣アガスティヤが反応するって事は、それだけ君が僕の脅威ってことだよ…!君を殺すことが僕の吉兆って事なんだ」


 こっちの様子を構うことなく、一方的に言葉を投げかけてくるのは変わらないが、今まではルミエしか見ていなかった目がしっかりと俺を見据えている。勇者は手元に戻ってきた剣を受け取ると、その切っ先を俺に向けて、楽しそうに笑みを浮かべた。


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