第402話 やはり錨は武器だった
◇やはり錨は武器だった◇
「いいね。火魔法。それも随分と強力なものだ。それに風魔法も展開されているみたいだし。聖女も随分といい傭兵を見つけたみたいだね。どう?なんなら君らも引き取ろうか?」
こちらの魔法攻撃に驚くことも無く、勇者は俺らを上から目線で評価するようにしながら頷いてみせる。周囲の軍船はナナの魔法に手酷くやられているというのに、勇者は余裕を崩すことは無い。例え状況がいかに変わろうとも自分のペースを崩さないところは、ある意味では勇者らしいといえるのかもしれない。
そして周りの影響を受けていないのは勇者の乗る船も一緒だ。いくら紅蓮の鳥が燃やそうと接近しても、その船は火をあげることは無く悠然とサンリヴィル河の水面に佇んでいる。そのナナの魔法を寄せ付けない様子に俺は思い至る節がある。しかし、まさか海賊がそんなものを所有しているとは俄かに信じられない。
「…どうやら、船に魔樹を使っているみたいだね。どうやっても船に魔法の影響を及ぼせない」
「嘘でしょう…?あの船が丸々魔樹で作られているって言うのですの?」
まさか、とは思ったが魔法を行使しているナナが俺の考えで合っていると裏付ける言葉を口にする。そして、メルルが俺のまさかという思いを代弁してくれた。
魔樹は樹木系統の魔物の総称であるが、木材の中では特に高価な部類である。大半は貴族が使うような高級な家具であったり、武器に用いられていることが多い。イブキの使っている
そして、魔術的な特性を残すからこそ、その存在が固定され、ナナの概念を押し付ける魔法に抵抗することが可能となるのだ。だが、船の建材に用いるには余りにも高価な代物だ。それもナナの魔法を防ぐということは、竜骨などの一部に使われているのではなく、総魔樹作りということだ。どこぞの王家の所有する船だとか、国の威信を掛けた海軍謹製の軍船などであるなら分かるが、海賊ごときが使う船が魔樹で作られているとは思わなかった。
「いい船だろ?ちょっとここから南方の国で作られた船でね。ま、そのおかげで河岸を変える破目になっちゃんたんだけれども…、まぁそれも星の導きってやつさ。こっちに来たおかげで海賊から勇者様になることだってできた」
…国で作られたというのは、その地方で作られたと言う訳ではなく、国家によって作られた船ということだろうか。恐らく、その国家が躍起になって取り返そうとしたために逃げてきたのだろう。
「…勇者様。救援は出しますか?海に放り出される奴も居ますが…」
「別に良いでしょ。僕らが請け負ったのは案内まで。…救助して追加料金を貰ってもいいけど…、それより今は聖女かな。そんな面倒なことをしてたら流石に逃げられちゃうよ」
勇者の船に乗った船員が勇者に声を掛ける。彼の目線は焼かれた船から飛び降りた軍人に向けられている。しかし、勇者はそんな者たちを一瞥しただけで、すぐさまこちらに向き直る。
「それじゃ、右に回頭。加えて青の一番から五番準備」
「アイサー!面舵一杯!青!一から五!準備!」
勇者が指示を呟けば、それが大声で復唱され船全体へと伝わっていく。そして間を置かずして船が波を上げて動き始めた。どうにもその船の動きはエンジンでも積んでいるのかと思えるほどの異様な動きで、単に魔樹で作られただけの船ではないと俺らに教えてくれる。
そして俺らに側面を向けた船の上からは、バリスタが顔を覗かせている。聖女が居るのに大規模な攻撃はしないだろうと踏んでいたのだが、どうやらそのつもりは勇者には無いらしい。
「全員防御!風じゃバリスタは逸らしきれない!」
俺は即座に指示を飛ばす。そして勇者が腕を振り下ろすと、一斉にそのバリスタから俺らの船に向けての攻撃が放たれた。
「クソッ!狙いは船か!どうにも逸らしづらい!」
バリスタの斜角は俺らではなく、乗っている船に向けられていた。自分達に向かってくる矢玉であるなら打ち落としやすいのだが、狙いが船であるために手が届かない場所も出てきてしまう。
そのため、防ぎ損ねたバリスタの矢玉の一つが船の側面に着弾した。その衝撃で船が揺れ、船の上棚を貫いたのか、船倉の中からはウメルスの怯えたような悲鳴が聞こえてきた。
「ハルト様!ただのバリスタではございませんわ!」
「何これ…鎖?」
被害を確認しようとメルルが甲板の縁から覗き込めば、彼女はそれが唯のバリスタではないと俺に報告を上げる。勇者の船から射出されたバリスタからは鎖が伸びており、それが打ち込まれた矢玉まで伸びているのだ。
そして矢玉自体にも異様なほど大きな返しが備え付けられている。…それこそ、タルテが投げていた錨のような形状だ。
「四番!着弾確認!巻き上げ開始!」
勇者の船から号令が上がる。その言葉を聴いただけで奴らが何をするつもりなのかが簡単に理解できた。カラカラという鎖の擦れる音が鳴り始め、だんだんと弛んでいた鎖が直線を描き始める。
「…!?これは…!やっぱりあれは武器だったのでは…!?」
タルテが敵の戦法に驚愕しながら呟く。…錨は決して武器ではないが、確かに鉤縄のような戦法だ。要するにこうやって船を捕らえて拿捕するために使われているのだろう。俺らの乗る船も、鎖によって勇者の船に向けて引き寄せられてゆく。
「タルテ!船倉に行って鎖を外してくれ!他は引き続き防御してくれ!まだバリスタはこちらを捉えている!」
「了解!…ハルトはどうするの?」
「俺は…、大本を叩いてくる。一方的に攻撃されちゃたまらんからな」
まだ、敵の船まではそこそこの距離があるが、都合よく敵が橋渡しをしてくれた。タルテが切断する前に渡りきらねばと、俺はすぐさま船の間に張り詰められた鎖の上に着地した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます