第399話 運命によって導かれて
◇運命によって導かれて◇
「沢山の船が篝火を焚いている?少なくとも…漁師が魚を取っているわけじゃなさそうだね」
前方に並ぶ篝火の列は複数の船によるものだ。見ようによってはナナの言うとおり
「…どの船も同じ形状だな。…一隻ほど違うものも混じっているが、こうも同じ形式の船がそろっているのは不自然だ」
俺は風で様子を探りながらも気付いたことを口にする。群れとなって俺らの方へと…、恐らく地下港に向かっている船は、向こうもこちらの存在に気が付いたのか船の勢いを落として横に広がっていく。船の上では篝火以外にも魔道灯の明かりが灯っており、それが点滅を繰り返している。恐らくは船の相互連絡を魔道灯の光でおこなっているのだろう。
「船首旗が上がっておりますわね。…あれは…、間違いが無ければ、シューエン辺境伯のもの。サンリヴィル河を挟んでブルフルスと接しているネルパナニア側の辺境伯ですわ」
「多分、それで間違いありません。私には暗くて見えづらいですが…、何度かあの文様を見たことがあります」
メルルが船の所属を特定し、ルミエもそれが正しいと追認する。まだ数人しか確認していないが、船の上で活動している者達も揃いの制服らしきものに袖を通しているため、それは間違いではないだろう。金属鎧を着ていないのは、あんな物を着ていれば水に落ちた際に確実に溺死するからだろうか…。
何者かがメルルの言うシューエン辺境伯を騙っている可能性もあるが、それにしてはあまりにも規模が大きく手が込んでいる。少なくともこんな揃いの船をこの場に遣すことができるのは、向かい岸の領主でなければ難しいだろう。
「…もしかして、向こうは戦争を始めるつもり?河は中立地帯だろうけど、こんなブルフルスの近くまで軍船を近づけるだなんて大問題でしょ?」
「え…。戦争…ですか?」
ナナの言葉に、ルミエは血の気が引いたかのように真っ青になる。
この事態にブルフルス側の兵士は何をしているのだと後ろを振り返ってみるが、見張り台が備え付けられている地下港はあの惨状だ。勇者があの地下港を乗っ取っていたことで、この位置はブルフルスの街からは死角となってしまっているのだ。
しかしながら、まずは街よりも自分達の安全を確立する必要がある。彼らの目的ははっきりとはしていないが、あまり穏便に行くとは思えない。
「…一応聞いておくが、あの船の隙間を抜けて行けると思うか?」
そう言いながら、俺は比較的船と船の間隔が開いている箇所を指差す。船は横に広がっており、まるで俺らを包囲するような位置取りだ。地下港に逃げ帰るのでないなら、あの船の隙間を一気に抜けていく必要があるだろう。
「私の水魔法と…ハルト様の風を合わせて…なんとかと言ったところでしょうか。ですがそれは向こうの装備が弓矢程度だった話。…たとえば向こうにも魔法使いが居て私達の魔法の邪魔をすれば、変なところで足止めをされ、集中的に攻撃を受けることになりますわね…」
「向こうが辺境伯の軍勢なら、魔法使いが居る可能性は高いね。…それに、魔法の練度で負けて無くても、魔法による操舵は向こうのほうが上手かもね」
先ほどの暴走状態を鑑みれば、ナナの言うことにも説得力が生まれる。この場は引いて地下港に逃げ帰ることが正解だろうか…。しかし、ここから船を反転させて進みだすまでにどれくらいの時間が掛かるだろうか…。
そうこうして行動に迷ってるうちに、一隻の船が随分と近場にまで近づいてしまう。そして、その甲板から一人の男が姿を現した。
「おやおやおや?…聖女が居るっていうのに、他は知らない奴らだね。…もしかして、人様のものを、黙って持っていこうってか?…卑しい盗人には天罰が必要だね」
その男はこちらの船の様子を見て、こちらを小馬鹿にするように言葉を投げかけてくる。その声は大声と言う訳ではないが声量も大きくよく通る発声であり、まるで舞台の上で演じているようであった。
篝火にて赤く染まっているものの、その姿は金髪碧眼であり、勇者の特徴と一致する。唯一神教会に居ると思っていた勇者が、なぜこんなところに居るのかと、俺は目を眇めるようにして奴のことを観察した。
「ああ、そうなるとカーランも居ないのか?…困るなぁ。カーランがこっちを受け入れてくれないと、段取りが狂っちゃうじゃないか。…カーラン!居ないのかな!」
こちらのことなど気にするそぶりも無く、勇者はそう言葉を続けていく。
「…カーランって?」
「…あんたらがさっき戦っていた男の一人だよ。あいつは書類上ではブルフルスの兵隊でもあるから、そのおかげであそこを抑えて置けたんだ…」
てっきり地下港は武力的に制圧したのだと思っていたが、どうやら兵隊の中に内通者を仕込んでいたらしい。分かっていたことだが、随分と周到な計画でブルフルスに攻め込んできているようだ。
「ついでに言えば、あいつは勇者で合っているのか?」
「…そうだ。頼むから船倉の蓋を閉めてくれないか?俺が協力していると勘違いされちまうだろ…!」
ウメルスは身を隠すように船倉に伏せ、小声で俺の質問に答える。
「…なるほど。兵士であるカーランが必要な段取りということは…、つまりあなた方は合法的にブルフルスに押し入るつもりなのですか」
「お?分かっちゃう?そうなんだよねぇ。態々海賊に襲わせたのは、この為でもあるんだよ。救援のためなら、軍が上陸しても言い訳になるだろう?」
メルルが言い当てると、勇者は嬉しそうに手を叩きながらそう答えた。だが、その言葉が正しいのであれば、奴は聖女を受け取りに着たのではなく、軍の案内役として地下港に赴いてきたらしい。どうにも運の悪さに渋い顔をしてしまう。
「ああ!もちろん、聖女がついでだなんて言うつもりはないよ?むしろ僕としてはそっちが本命。聖女をお招きするに当たって、ついでに他の仕事も組み込んだって訳さ。どうだい?僕は仕事ができるだろ?」
まるで無邪気な子供のように、そしてどこか煙に巻く道化のような態度でそう言葉を紡いでいく。そして彼は片手に持っていた剣を掲げると、その剣は不自然に傾き、その切っ先がルミエの方を示した。
「へぇ。君が聖女か。噂どおりの美人さんだね。じゃぁ、縄梯子でも投げるから船を横につけてよ。それとも、女の子なら僕がそこまで迎えに行ったほうがいいかな?ほら、お姫様抱っこで迎え入れたほうがロマンティックでしょ?」
さも、ルミエが来ることが当然といった振る舞いで勇者はルミエに声を掛ける。…ノードリム助司祭は勇者にルミエが乗り気であると嘘を伝えたのだろうか…?それにしては彼女がここに俺らと居る理由を気にしていない。先ほどの言葉では俺らがルミエを秘密裏に逃がそうとしていると気付いているようだったのだが…。…ルミエも、彼の言う言葉が理解できなかったのか、困ったような顔で首を傾けた。
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