第394話 船旅は道連れ。情け無し

◇船旅は道連れ。情け無し◇


「聖女様は船は平気か?…この街に住んでいるのに野暮な質問…、いや、逆に街から出る機会が無くて乗ったことは無いのか?」


 数人の男が彼女達の後ろに回りこみ、船のほうへと進むように促す。地下港という名称は街にとっては地下ということであり、彼女達の目の前に水面が広がっていることからも船着場ともなれば地上と変わらない。天井も船が進入するために高く作られており、すぐ先にはそのまま外の光景が広がっている。


「船は…乗ったことありますので大丈夫です…!」


「そうか。ま、海と違って荒れないからそう心配することもねぇか」


 船はブルフルスに来たときにハルト達が乗ったような中型の河舟であり、違いがあるとすれば動力が魔物ではなくオールであることだろうか。船体の横にはオールを固定するための溝が幾つも並んでいる。一応は帆を張る小型のマストも付いているが、今は畳まれており機能はしていない。


「三人か…。狭いが文句は言わないでくれよ。しばらく待ってくれりゃぁもっと大きな船に移れるからよ」


 船の縁に掛けられたタラップは船の揺れに煽られカタリと音が鳴る。見た目は単なる木の板に近いが、荷物を持って乗り降りに使われるものであるため十分な厚さもあり、傾斜となっても滑らないように縞状になるように木の角棒が打ちつけられている。


 そのタラップの突起に足を掛け、ナナ達に先んじて一人の男が船に登る。そこまで大きくない中型船、それも河舟であるため平たい形状の船に船倉などあるのかとナナ達は観察していたのだが、男が爪先で甲板に着いた金具を蹴り飛ばしたために注目してみれば、そこにはまるで台所収納のように床に扉がつけられていたのだ。


 その開かれた床の扉を通して中をみてみれば、そこには幾ばくかのスペースが広がっていた。…船倉には違いは無いのだろうが、正直言って人が寛げる空間ではない。まともに直立することもできないし、膝を抱えて座っているのが精一杯だろう。まさしく床下収納といって間違いない。


「先ほどのお話では、丁重に扱うように言いつけられているように聞こえたのですが…」


「こんなちゃちな船に客間が付いていると思ってんのか?なに、乗合馬車とさほどかわらねぇよ」


 メルルが辟易したような表情をすれば、男は鼻で笑うようにしてそこに入るように促す。男が爪先で蹴り飛ばした金具をよくよく見てみれば、それは閂であり、その薄暗い船倉の扉の内側には爪で引っかいたような跡が残っている。


 普段からこの船倉をどのような目的で使っているかが容易に想像できて、メルルはよりいっそう顔を険しくした。メルルが気付いたことに気付いたのか、男はニヤニヤとした笑みを浮かべている。だからこそ、彼女達がそこに入るのを躊躇っているのは恐怖によるものだと男達は思ったのだろう。


 実際にはその場に居る人間の立ち居地を確認したに過ぎない。船の上には船倉を開いてみせた男が一人。残りの男達は彼女達の逃げ道を閉ざすように囲っているため、まだ船には乗り込んできてはいない。


 言葉は交わさずとも、互いに軽くうなずく事で彼女達はいっせいに行動に起こした。


「それじゃぁ、失礼しますわね…」


「んん…?…ああ」


 船倉は立てないほどに浅いとはいえ、甲板から降りるには中々の高さがある。メルルはまるで馬車から降りるときのように男に向かって手を差し出した。男は一瞬呆けたように唖然としたが、それが降りるために手を貸せと示していることに気が付き、彼はズボンで手を拭うとメルルに向かって差し出した。


「…おい。何のまねだ?…まて。おい。てめぇ…!?」


 メルルに手を握られた男は違和感に顔を傾げる。体重の軽そうな少女を支えるつもりで伸ばした手が、想像以上の力で握りこまれたからだ。メルルは血魔術にて自分の体内の血液を操作することでハルトに迫るほどの膂力を発揮することができる。男は驚愕と共に慌てて身を引こうとするが既に遅い。彼女に引き倒され甲板にうつ伏せに倒れこんだのだ。


「ナナ!」


「わかってるよ!」


 示し合わせたようにナナが開いた甲板の扉を蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた扉は勢いよく閉まるが、生憎とそこには引き倒された男の頭がある。激しい衝突音とは逆に、男は電源が切れたかのように静かになった。


「…!?やりやがった…!」


 しかし静かになったのはその男だけで、タラップの向こう側に控えていた男達は一斉に行動に移す。油断はあったものの、暴力には慣れているのか彼らは怯むことなく行動に移し始めたのだ。


 だが、その機先を潰すように闇を貫き飛来する狩人の魔弾。


 地下港のどこかで鳴った魔弩の射出音は異様にも静かで、それとは真逆に打ち出された魔弾はけたたましい破砕音を鳴らしながら船に掛けられていたタラップを穿ち、破壊したのだ。静寂の中にあればこそ、その轟音は異常事態という状況を際立たせている。


「ハァ!?何が起きた!」


 船と通じる道が目の前で断たれて男達は多々良を踏む。視線を破砕されたタラップに向け、次に船の様子を確認しようと視線を上げてみれば、そこには仁王立ちした聖女の姿があった。


「乗船…!拒否です…!この船は私達が頂きました…!」


 聖女ことタルテは両手で掲げるようにして気絶した男を持ち上げている。そして、彼女は船が傾くほど踏み込みながら、その男を陸地に残された男達に向かって投擲したのだ。


 彼女の真っ直ぐな性根のせいか、それとも単に膂力のなせる業か、投擲された男は放物線など甘いことを言わず、直線的な軌跡を描いて男達へと直撃した。


「ほら、君は危ないからここに入っていなよ。…大丈夫。鍵は閉めないから」


 ウメルスは残念ながらもタルテに付き添うようにして乗船していたため、ナナに押し込まれるように船倉に下ろされる。悪い子は小部屋に閉じ込めて反省を促すのは何処でも同じのようで、ナナの行動にためらいは無い。


「お、おい。俺も乗船拒否してくれよ!もういいだろ!しまわないでくれ!」


「タラップが壊れちゃったからね。下船するにはタルテちゃんに頼む必要があるけれども…どうする?」


「……」


 強肩の聖女による投擲を間近で見ていたために、ウメルスは押し黙った。混乱していたからか、肩の傷を気にしていたからか、海に飛び込んで逃げるということは考えずに、彼は不貞腐れるように船倉に座り込んだ。


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