第392話 昇る星と共に夜は忍ぶ

◇昇る星と共に夜は忍ぶ◇


「ここです…!中は私達がブルフルスに入ってきた地下港と似たような感じですね…!」


 タルテが先導してナナとメルル、そしてイブキを目的地である地下港へと案内する。北区と中央区の境目あたりにあるそこは、城壁の間際からまるで地下鉄の入り口のように下へと続く幅広の階段が続いている。もとより、一般利用のためではなくサンリヴィル河を運行している中型の商船が使用している場所であるため、その入り口は広く、中も意外に複雑な構造をしている。


 その地下港の位置はネルパナニア側に位置しており、恐らくはそちらの国籍の船を受け入れている港なのだろう。そして、現在は全ての港の運行が停止しているはずであるのに、そこには人の気配がした。封鎖のための人員の可能性もあるが、それが違うことを彼女達は知っている。


「それじゃぁ、中に入ろうか。みんな準備は良いかな?ハルトとルミエちゃんのこともあるから、手早く済ませようか」


「私は問題ないわ。それよりもそっちの男は平気なのかしら?そいつが上手くいなきゃ手荒いことになるわよ」


「ええ。こちらは大丈夫ですわ。…強引に喋らせるよりは随分と楽な魔法ですもの」


 ナナが問いかければイブキとメルルが答える。そしてメルルの前にはしかめっ面の男が恨みがましい顔で彼女達を睨んでいる。


「いったい何なんだよ…。…ああもう…!魔法だと…!?呪いの間違いじゃないのか…!?」


「あら?酷い事を申しますわね。あまり余計なことを喋るようなら、その口は閉じてしまいますわよ?」


 悪態をついたのは肩口を刺され、メルルの血液に感染した男だ。彼は蔵に閉じ込められていたときとは異なり縄で体を縛られてはいないが、体の内部でメルルの血魔法というより強固な楔で締め付けられている。彼女が得意げな顔で人差し指を彼の口元で横に振ってみれば、彼の口は意に反するように動き、まったく開かなくなってしまう。彼は鼻息を荒くしながらメルルを睨みつけるが、自身の置かれた状況を鑑みて、脚気を治めるようにゆっくりと息を吐き出した。


「…言っておきますが、こちらの状況は神殿にもつぶさに伝わっております。あなたのお仲間の元には彼が居ますから下手なことは考えないほうがいいですわ。彼は容赦が無い性質ですので…」


 それでもメルルは男に釘を刺すように言葉を投げかける。それは脅しなどではなく、イブキの風魔法によってその声は神殿で待機しているハルトの元に届いている。そして彼の元には神殿の蔵に捕らえられた残りの三人の命が握られているのだ。


 彼はそのこともあり、嫌々ではあるもののメルルにしたがっている。それに例え暴挙に打って出ても、自身の体を蝕むメルルの魔法が、瞬く間に彼を絡めとることを既に体感しているのだ。


「…分かっているよ。俺は聖女とお前らを穏便に紹介すればいいんだろ…?…ったく。そっちの聖女は偽者なんだろう…?どうしてまた…」


 そう言いながら彼が顎で指し示したのはタルテだ。彼女は未だにルミエの服を着ているため、端的な情報しか知らぬものが見れば彼女のことをルミエと誤認するだろう。肩を刺された男にもタルテが目的の聖女だと言って紹介したのだが、神殿を探っているときにルミエについて情報を得ていたため、一目でタルテは偽者だと看破されてしまったのだ。


 本物のルミエは未だにハルトと共に神殿で待機している。ルミエが地下港に向かえば、成功したと判断した勇者がやってくる可能性があるため、船強奪組の彼女達とは少し遅れて神殿を出立する予定なのだ。その間に彼女の守りがハルト一人だけに成ってしまうが、彼と彼女だけであるなら最悪ルミエを背負って風を纏うことで、驚異的な速度で移動することもできる。


 聖女の振りをしたタルテを含む彼女達が先遣隊として船を奪い、風でその状況を具に監視することで、ハルトがルミエを連れて駆け込み乗船するというのが大まかな流れだ。そしてそれを恙無くこなすために起用されたのが肩を刺された男だ。ハルトが船を奪うことを考えた時には、武力的な制圧で船を奪うことを考えていたのだが、都合よく半ば操り人形にされた男がいたために採用されたのだ。


「時間が無いのだからさっさと行きましょう。…ほら、あなたはもう少し慎ましくしなさい…。どこに意気込んで乗り込む聖女が居るのよ…」


「はい…!お、おしとやかな感じですね…!」


 イブキの言葉にタルテは気合を入れるようにして拳を握りこむ。そして、彼女なりのお淑やかな女性を演じようと頑張っている。…髪を引っ切り無しに搔き上げ、瞼もパチパチと何かを訴えるように頻繁に開け閉めされている。傍から見ればお淑やかどころか落ち着きの無い女児である。その様子を残念なものを見るような目で男は見つめている。


「お、おい…。これを聖女だって紹介するのか…?人選を変えたほうがいいんじゃ…」


「タルテ…。あなたはいつも通りで構いませんから…。気合を入れて逆に空回りしておりますわ」


 あまりにもなタルテの演技を見て、無理やり協力させているはずの男も思わず苦言を呈した。それをメルルが執り成しながら、先を促すように階段を下っていく。


 既に星明りが照らし始めたブルフルスの街は夜がそこらかしこに忍び寄ってきている。それでも海賊の襲来のせいか閑散とした雰囲気とは程遠く、少しでも夜を遠ざけようとそこらかしこで明かりが焚かれている。その明りが引火したように街は騒がしく、人通りは多くないはずなのに、そこらかしこで人の気配が漏れ出している。


 彼女達が足を踏み入れた階段も、それこそ酒場のように奥から人の気配が伝わってきている。そして頭が今までの地面よりも低くなるころには、彼女達の耳にはそこで騒いでいるであろう人々の声が伝わってきた。イブキは耳がよいために既にその声が聞こえていたのであろうが、それでも問題の場所に侵入したことを感じ取って表情を鋭くする。


「それじゃ、行こうか…」


 地下というには不釣合いな大柄な木門が姿を現し、それをナナが片手で押し開く。扉の隙間からは明かりと共に喧騒にも似た声が彼女達の元へと流れ込んできた。


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